メインストーリー 第1話

1/2
6人が本棚に入れています
本棚に追加
/32ページ

メインストーリー 第1話

 空を見上げると、桜の花びらがあたかも白き雪のように、幻想的に舞い降りて来る。大作は毎日のように木の下で大の字になったまま、小説の構想を練っていた。しかし、全くイメージがわかない大作をあざ笑うように、花びらは大作の顔に降り積もっていく。閉じた目を開くと、淡い薄紅色の桜の花びらではなくて、白い紙が大作を覆いかぶさっていった。  すると、同時に優しくて柔らかい女性の声が、少しずつ足音をたてながら聞こえてきた。 「すみません、私の書類がそちらに飛んでいったのですが見当たりませんか。」  大作はとっさに紙を取るとそれは書類であった。 「君の書類は悪戯なのかな、僕の顔を覆っていたみたいだよ。」 大作は立ち上がり、書類に目を通した。どうやら書類には数字が羅列してあり、その下に署名がしてあった。山下すみれと書いてある。 「この書類かな。」 「はい、申し訳ありません。」 「山下すみれと署名してあるけど君がすみれさんかな。」 「はい、そうです、ごめんなさい急いでいますので返してください。」  大作は書類を返すとすみれは北の方向へ急いで走っていった。大作の目には薄紅色の桜の花びらと異なり、白く透き通る肌の、すみれの恥ずかしそうな表情が残像となって、大作の脳裏から離れなかった。  恥ずかしかったが、大作はこっそり彼女の後を小走りで気づかれないように走って追いかけた。すみれのことが気になって仕方がなかったからだ。しばらくすると二階建ての古い木造の大きな建物が見えてきた。すみれが建物の玄関ドアを開けると一人の男性が現れた。 「申し訳ありません、書類の完成が遅くなりまして。」 「構わないよ、君はきれいだから許してあげるよ。」  一見強面の男性の表情が急に優しくなった、どうやらここは銀行のようだった。男性は書類の細かい確認作業を行い、それを終えると、古い木造の建物の中へ帰っていった。そして、すみれは振り返り大作に気づき声をかけた。 「先ほどの方ではありませんか。」 「ごめんね、こっそり君の後をつけてしまって。僕は北村大作と言います、今から職場へ帰るところですか。」  大作はとても恥ずかしい想いで話しかけた。本当はこっそり彼女の姿を見るだけのはずだったのが、このような展開になるとは思ってもいなかったのだ。 「すみません、急いで銀行に帰らないと班長から叱られてしまいますので、ここで失礼します。」  すみれは申し訳なさそうに足早に帰って行った。それからだった。大作はすみれのことで恥ずかしながら頭がいっぱいになったのだった。時は大正という時代が終わりを告げ、昭和の時代に入ったばかりであり、大作はすみれの姿を見たい気持ちでいっぱいだった。  翌日も相変わらず桜の木の下で横になっていた。でも小説の構想どころではなく、すみれの走る後姿ばかりが思い浮かんでしまう。桜は相変わらず、大作の顔に積もっていくばかりであった。
/32ページ

最初のコメントを投稿しよう!