第十一話 『せっかく可愛いんだから』

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第十一話 『せっかく可愛いんだから』

「せっかくだしあがっていきなよ。疲れたでしょ?」  三十分ほど歩いて辿り着いたのは、きれいな一戸建ての家だった。  距離にすると二駅ほど、この体になってからこんなに歩いたの初めてだったのでかなりつかれてしまった。  そんな中での雛乃ちゃんのこの提案だ。俺は大人しく頷くことにした。 「お邪魔します……」  家にあがり、雛乃ちゃんについていくと雛乃ちゃんの部屋へと案内される。 「ルナ戦はそこの本棚にあるから好きに読んでいいよ。あ、それとさくらは紅茶飲める?」  俺は頷くと、雛乃ちゃんはよかったぁと言って部屋の扉に手を掛けた。 「じゃあ、紅茶とお菓子持ってくるからちょっと待っててね」  と言い残し、部屋を出ていく。  部屋から出ていく雛乃ちゃんを見送った俺は改めて部屋を見回す。  白で統一された家具の数々に、可愛らしい小物。清潔感と可愛らしさを併せ持った雛乃ちゃんらしい部屋だ。  本棚に近づく。本棚にはルナ戦の他にも、多くの漫画作品が揃えられており、少し意外に感じる。  こうして本棚を眺めていると、背後から声がかかる。 「読んでていいって言ったのに。どうかしたの?」 「あ、いや……。雛乃ちゃんがこんなに漫画を読んでるの意外だなって」 「あたし、先輩に勧められたのは全部読むようにしてるの」 「雛乃ちゃんらしいね」 「ま、それは置いといて。これ、好きに食べていいから」  そう言ってテーブルに置かれたのは、かごに入ったクッキーだ。同時にマグカップに注がれた紅茶もテーブルに置く。  俺は本棚からルナ戦の九巻を手に取り、クッキーなどが置かれたテーブルの前に腰を下ろした。  紅茶を一口頂き、クッキーを一枚口に運ぶ。  漫画に目を落とそうとすると、目の前から強い視線を感じる。顔を上げると、雛乃ちゃんがなにかを求めているかのような、強い意思を感じる視線を俺に向けていた。 「手作り?」  そういえば雛乃ちゃんはお菓子作りが趣味だったはずだ。 「え、なんで分かったの!? 味なんかおかしかった!?」 「あ、ううん。味はすごく美味しいよ。ただすごい感想を求めてる顔してるから」 「あたし、今そんな顔してる!?」 「うん、すごく」 「そう……。まぁ、その通りなんだけど。あたし友達いないから作っても食べてくれるの家族くらいなんだよね……。でも作るのは好きだし」 「私でよければいつでも食べるよ。ほら、学校とかで」 「ほんと!?」 「うん、それに珊瑚ちゃんも蛍ちゃんもみんな喜んでくれると思うよ」 「……そうだよね! 今度持っていくね」 「うん、楽しみ」 「とびっきり美味しいの作るから待っててね。あ、漫画読むの邪魔しちゃったね、読みなよ」  こうして俺は再び漫画に目を落とす。  沈黙の中で俺がページを捲る音と、雛乃ちゃんがスマホを叩く音だけが部屋中に響く。それが妙に心地いい。  俺は時折クッキーを口に運びつつ、一冊読み終えたらまた一冊と読み続た。面白いため読む手が止まらず、次々と読み進める。  最後の一冊を読み終える頃には、窓から夕日の赤い明かりが差し込み始めていた。スマホで時間をみると今は四時半ごろ。  俺は最後の一冊を本棚に差し込み、テーブルの前の定位置に腰を下ろし、もう冷めた紅茶で口を潤す。  雛乃ちゃんは、そんな俺を見てスマホから顔を上げて口を開く。 「さくらって読むの早いのね」 「そう?」 「うん。あたし一冊読むのに三十分くらいかかるもん」 「私もそのくらいじゃなかった?」 「十五分くらいだったよ。早いなぁってあたし見てたし」 「あまり意識したことなかったな」  こんな調子で少し雑談している途中、雛乃ちゃんが俺の顔に顔を近づけてくる。  雛乃ちゃんの、珊瑚ちゃんとも桃井さくらとも違う、顔も小さく目もパッチリとした、モデルのような顔立ちが面前に迫り、俺は少し後ずさりながら尋ねる。 「ど、どうしたの? 急に」 「さくらってメイクとかしたことある?」 「ないけど……」 「せっかく可愛いんだからもったいないよ。まだ時間あるしやってみない?」 「うぇっ!? や、やるってメイクを!?」 「なによ、変な声だして。それ以外になにがあるの?」 「お、わ、私にはまだ早いっていうか……なんというか」  動揺するとまだいぜんの癖で俺と言いそうになるが、言い止まり慌てて訂正する。 「早いことないでしょ。高校生なんだからみんなやってるんじゃないの? 知らないけど。でもどのみちコスプレするならメイクはすることになるんだし良くない? 絶対可愛くするからさ」  たしかにコスプレをするならメイクは必須だろう。早いうちにすることになると思う。  それでもおしゃれでメイクをするのは何となくまだハードルが高い。スカートやブラなどを身につけている癖になんで今さらと思われるだろうが。  それはそうと断りづらい。ギスギスしそうだし、雛乃ちゃんと気まずくなるのは避けたい。  そのため仕方なく俺は頷いた。 「軽めでいいなら、まぁ」 「任せて! とびっきり可愛くしてあげる」  そう言ってどこからともなくメイク道具を持ってきてテーブルの上に広げる。  俺は長い前髪をヘアバンドで持ち上げられ、「目を閉じて」や、「動かないで」などの雛乃ちゃんの指示に従い、成すがままにされる。  まるで自分の顔をキャンパスにされているみたいだ。 「もう目開けて大丈夫よ」  三十分が過ぎた頃、俺は雛乃ちゃんの言葉に従い、目を開ける。  いつの間にか目の前に置かれていた鏡に映る自分とにらめっこ。  確かに鏡に映る顔は桃井さくらだと言うのに一瞬それが桃井さくらじぶんだと理解するのに時間がかかった。  なんというか、ベースは確かに自分の顔なのにバフを重ねた結果、見違えたようなイメージだ。 「どう? さくらはもとが可愛いから、我ながら良くできたと思うの」 「……すごい」 「気に入ってくれた?」 「うん、なんか自分の顔じゃないみたい」 「よかったぁ。あ、じゃあさ、今度メイク道具一緒に買いに行かない? メイクのやり方も教えるからさ! あたし友達とデパコス巡りとかしてみたかったんだぁ」 「うん、楽しそう」 「あはは、なんか今日だけですごいさくらとの距離が近づいた気がする。なんかいつも一歩引いた感じがしてたからさ」 「そう?」 「うん。なんというか、珊瑚の近くでただ静かにあたし達の会話を聞いているだけって感じじゃん?」  他人からするとそんな風に見えていたのか。ばれないように気を遣うあまり、あまり会話に混ざったりしないからだろうか。 「でもちゃんと話したら楽しいし。さくらももっと会話に混ざればいいのに」 「集団だとどうやって会話に混ざればいいのか分からなくて」 「そう。あたしは本当はこうして二人で話す方が苦手なんだよね。話題がなくなりそうで。でもさくらはそういう感じがしなくて。気が合うのかもね、あたし達」  なんだか似たようなことを、昨日蛍ちゃんからも言われたが、どうなのだろうか。これがお世辞なのか本心なのかは分からないが、俺も彼女とはもっと仲良くなりたいと思う。 ◇◆◇  それから俺は、雛乃ちゃんからメイク落としの方法と、新品のクレンジングシートをもらい五時過ぎごろに雛乃ちゃんの家からお暇した。  予想外のイベントもあり、前世を含めてももっとも充実した一日になった気がする。
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