第十四話 『さくらの家に行ってみたいかも』

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第十四話 『さくらの家に行ってみたいかも』

 それから電車をおりた俺たちは、雛乃ちゃんの案内でコスメショップへと向かい、雛乃ちゃんにおすすめなコスメを一式選んでもらう。  「さくらの肌にはこの色が合いそう」など隣で笑いながら選ぶ雛乃ちゃん。俺はメイクとか全くわからないけど、それでも楽しそうな雛乃ちゃんを見ると俺も楽しくなってくる。  それから二つほどのコスメショップを巡り、アパレルショップで服も見た後、喫茶店に入った。  時刻は一時過ぎ。お昼時で他の客もかなりいるため、少し待つ。十分ほど待ってから席へと案内された俺たちは、向かい合って座り二人でメニュー表を覗き込む。 「さくらはなに食べる?」 「んー、このサンドイッチとかおいしそう」 「いいねー。じゃあ、あたしはこのパンケーキにするから、シェアしない?」 「うん」 「あと、このおっきいパフェも二人で食べない?」 「そんなに食べれる?」 「甘いものならいくらでも食べれるでしょ?」 「そういうもの?」 「そういうものよ」  食べきれるならと俺は頷き、雛乃ちゃんが店員さんを呼んで、注文する。  しばらく雑談をしながら待っていると、数分後には料理が届いた。パフェは食後に来るように注文したので、まだ来ていないが。 「はい、さくら、あーん」 「え?」  雛乃ちゃんは、小さく切り離したパンケーキの欠片を、フォークに突き刺し俺の前につき出す。  そんなことをする雛乃ちゃんの頬は少し紅色に染まっているように感じる。恥ずかしいならやらなければいいのに。 「ほら、早く。腕つかれちゃう」  雛乃ちゃんは急かすように身をのりだし、俺の口元までパンケーキをさらにつき出す。  俺はどうすることも出来ず、意を決して口元につき出されたパンケーキをパクリと咥えた。  俺は雛乃ちゃんによってつき出されたフォークを咥えながら、やや上目遣いで雛乃ちゃんの顔を見ると、先程よりも明確に顔が赤くなっている。  なんというか、さっきまでは頬だけがほんのり紅潮していただけだったのが、今は顔全体が真っ赤だ。  改めて思う。恥ずかしいならやらなければいいのに……。 「ど、どう?」 「おいひい」 「そ、そう! ほ、ほら、さくら。あたしにも食べさせて!」  顔全体を真っ赤に染めながら、口元に指を指す。本当に何がしたいんだろうか、今日の雛乃ちゃんは。  とはいえ、自分はやってもらった手前、断ることも出来ないので、俺も手元のサンドイッチをナイフで小さく切り分け、その欠片をフォークに刺して、雛乃ちゃんに差し出した。 「えーっと、あ、あーん?」 「……あむ。…………ん、おいしい」  雛乃ちゃんは、照れているようで、俯きながらそう小さく呟く。  それから俺は、サンドイッチを手に取り、自らの口に運ぶ。うん。これは美味しい。  雛乃ちゃんもパンケーキをナイフで切り、フォークで口に運ぶ。  それからしばらく。もうサンドイッチを食べ終えようかという頃。  顔を上げ、雛乃ちゃんの方を見ると、目が合い、そして特に会話をすることもなく逸らされる。この喫茶店に入って食事を始めてからもう三度目だ。  さっきのあーんや、今の目を逸らされるのも含め、なんだか今日の雛乃ちゃんは、以前にも増して様子がおかしいように感じる。  俺がサンドイッチを食べ終えると、雛乃ちゃんはすでにパンケーキを食べ終えており、ずっと俺のことを見つめていた。今回は目が合っても逸らされることはない。  俺も少し意地になって見つめ続けると、雛乃ちゃんの顔が、みるみるうちに赤く染まっていく。それでも雛乃ちゃんも意地なのか目を逸らすことはない。  こうして見つめ合っていると、なんだかおもしろくくなってきて、つい笑ってしまった。それにつられて雛乃ちゃんも笑い出す。 「あはははは、ふぅ、さくらが先に笑ったから、あたしの勝ちね」 「勝負だったの、これ?」 「うん、今そう決めたの。あたしが勝ったからなにか一つ、さくらはあたしの言うことを聞かないといけないから」 「えー、なにそれ」 「そうだなぁ……、あたし、この後さくらの家に行ってみたいかも」 「それがお願い?」 「うん」 「わかった。後で案内するね」 「いいの?」 「私だってこの間お邪魔させてもらったし」  そんな会話をしていた頃。店員さんがパフェを持ってきた。想像していたよりも大きい。  食べきれるのだろうか、これ。 「さ、さくら!」 「ん?」 「一緒に写真撮らない!?」 「いいけど……あ、どっちにする?」  俺はニヤリと口角を上げ尋ねる。 「え?」  困惑したようにおろおろしだす雛乃ちゃん。 「私の家に来るか、一緒に写真撮るか」 「え、あ……えっと……」 「嘘だよ。写真撮ろ」 「あ、う、うん!」  雛乃ちゃんはカメラを構えて机に身を乗り出す。  俺も同様に机に身を乗り出し、パフェが中央に来るアンクルで、雛乃ちゃんはシャッターを切る。   「どんな感じ?」 「結構いい感じじゃない?」 「うん。写真撮るの上手だね」 「そう?」 「うん」  それからは、雑談をしながら二人でパフェを食べ始める。 「さくらはミンスタやってる?」 「やってないけど」  ミンスタグラム。主に、写真を投稿するSNSだ。 「そ、そう……。ねぇ、さっきの写真ミンスタにアップしていい?」 「いいよ」 「ありがと。……ねぇ、さくらもミンスタやらない? そしたらさくらもさっきの写真見られるし」 「いいけど、あんまりやり方とかわからないかな」 「あたしが教えるから!」 「本当? じゃあ、私の家に行ったとき教えてもらおうかな」 「うん! あ、メイクも教えるね」 「ありがとう」  こうして会話している間にも、俺たちはパクパクとパフェを食べ進めていく。  女の子の身体とは不思議なもので、甘いものならいくらでもお腹に入りそうに感じる。食べ始める前は、こんなの食べきれないでしょと思っていたが、食べ始めたらあっという間に食べきってしまった。  それから俺たちは喫茶店を出て、駅へと向かう。俺の家へと向かうためだ。 ◇◆◇ 《雛乃視点》  あぁ、楽し。心の底からそう思った。  待っている時間こそ、自分の服が似合っているかとか、メイクがおかしくないかとか気になって落ち着かなかったけど。  それもさくらに誉められると、あっという間に気にならなくなった。  手を繋ぐのもはじめは恥ずかしかったけど、ずっと握っていると、あたしの手を包み込むさくらの手の温もりが妙に落ち着いて。  メイクも服もあたしの趣味に付き合ってくれているのに、嫌な顔をせずついてきてくれて、笑ってくれて。  あーんと、するのもされるのもすっごく恥ずかしくてドキドキしたけど、さくらが美味しそうにしている表情を見ると心が和んだ。  さくらの顔を見ていると、さくらも見つめ返してくれて。あたしは恥ずかしくなって何度も逸らしてしまったんだけど、一度頑張って見つめ続けたら、さくらも見続けてきて。恥ずかしくて顔がどんどん熱くなっていって。  そしたら急にさくらが笑い出して、あたしもつられてつい笑ってしまった。  さくらはあたしの無茶振りにも笑顔で答えてくれて。あたしをからかう時のさくらの顔は、あたしの胸を高ぶらせる。  普段はとても落ち着いているのに、こうして二人きりになると、たくさんの表情を見せてくれて。  あたしはそんなさくらのことが……好き。  ……え、好きって…………。  無意識に心の奥底から出た言葉だった。  でもあたし達は女の子同士で、それに友達だ。少なくともさくらはあたしのことを友達だと思ってくれている。  ならば、いつの間にか芽生えたこの感情は、さくらへの裏切りになるのだろうか……。
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