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第十六話 『好きなんじゃない?』
なんだったんだあれ、なんだったんだあれ!?
女の子同士ならキスなんて普通なのか!?
もうあれから一日たったというのに、ずーっとこの事について考えている。
他のことを考えようにも、頭の片隅にずっと残り続ける。唇だってあの柔らかい感触を忘れさせてくれない。
ご飯を食べてるときも、お風呂に入っているときも、寝ようとベッドに潜ったときも。
ずっとあのキスのことが頭の中を占拠する。
こうして俺の日曜日は、何をすることも出来ずに過ぎ去った。
◇◆◇
翌日。
いつも通り、珊瑚ちゃんと合流し、学校へと向かう。
珊瑚ちゃんと一緒にいても、頭の片隅には土曜日の雛乃ちゃんとのキスのことがずっと残り続ける。
それが珊瑚ちゃんには俺が体調が悪いという風に映ったらしく、何度も心配される。
それに対し考え事があるだけと返答する。珊瑚ちゃんは悩みがあるなら話してね、何て言うけど話せるわけがない。
雛乃ちゃんとのキスが、頭から離れないなんて。
学校に着いて、授業が始まっても頭の中はその事ばかり。結局集中なんて出来ないまま、四限に、つまり体育の授業になった。
なんだか無駄に雛乃ちゃんに会うのが緊張する。
そんな気持ちを表に出さないように、珊瑚ちゃんと会話しながら更衣室へ歩く。
「えいっ」
「ひゃっ!?」
後ろから何者かに脇腹をつつかれる。振り向くと、いたずらっ子の顔をした雛乃ちゃんが。
「おはよう。さくら、珊瑚。って言っても、もうそんな時間じゃないか」
「おはよう、雛乃ちゃん」
「お、おはよう」
雛乃ちゃんには、特におかしな様子はない。いつも通りの雛乃ちゃんだ。
あの事について気にしているのは俺だけ。
……なんとか悟られないようにしないと。
「さ、二人とも。早く行こ! 授業に遅れちゃう」
「えっ!?」
雛乃ちゃんは俺の手首を掴み、戸惑う俺をよそに更衣室へ走り足す。俺はこけないように体勢を整え、ついていく。珊瑚ちゃんもそれに続いてついてきた。
更衣室に辿り着くと急いで着替えはじめ、体育館へと向かう。
体育の授業の内容は、概ね先週と同じものであった。二人組でパスをしてサーブをする。
俺たちは先週と同じように三人組でそれを行った。
ただ、俺はただでさえ運動が出来ないというのに、雛乃ちゃんの顔を見るとあの日のことを思い出してしまって、心が乱されミスをする。
そしてそれを何度も何度も繰り返してしまった。
二人は優しいから気にしないでと言ってくれるけど、これは早急に何とかしないと、生活に支障が出るのも時間の問題だ。
◆◇◆
それから昼食の時間。
いつも通り俺たちは食堂で集まり一緒に昼食を食べる。
少し様子が変だった先週の雛乃ちゃんは、この時間での口数はかなり少なかった。しかし、今日の雛乃ちゃんは以前のようにたくさん会話をしていて、珊瑚ちゃんも蛍ちゃんも安心したようだ。楽しそうに会話をしている。
そんな会話の中、話はミンスタについてのものになった。
「ねえねえ、みんなはミンスタやってたりする?」
「やってるよ」
「私もやってます!」
「じゃあさ、二人のアカウント教えてよ。フォローしたいからさ」
「いいよ」
「はい!」
「ほら、さくらも」
「え、あ、うん」
雛乃ちゃんが急に俺にも話を振るから、少し動揺しながら返事をし、スマホを起動する。
「あれ、さくらもミンスタやってたんだ」
「うん、この間始めたの」
「そうだったんだ!」
珊瑚ちゃんの質問に俺は頷きながら答える。そして俺のアカウントをスマホの画面に表示して、みんなの前に差し出した。
その時、雛乃ちゃんと目があって、意味深な笑みを向けられる。
「あれ? さくらさんと雛乃さんのアイコン同じ場所ですか?」
フォロー申請に新たに二つのアカウントが追加される。珊瑚ちゃんと蛍ちゃんのものだ。
俺は申請に許可を出し、俺からもフォローを返す。
「うん、そうそう。土曜日一緒に出掛けたの。ね、さくら?」
「あ、うん。そう」
「えー、ずるいです。二人はいつの間にそんなに仲良くなってたんですか?」
「うーん、まぁ、いろいろあってね」
「この投稿はさくらの家? ていうか、二人ともメイクしてる!?」
「うん。お邪魔させて貰っちゃった。メイクはあたしが教えたの」
雛乃ちゃんの意味深な笑みはこれらを二人に見せることに対してのものだったのだろうか。
今の雛乃ちゃんが考えていることが全くわからない。
「……さくらがこんなに人に心を開くなんて…………」
珊瑚ちゃんが小さく呟く。何を言ったのかは隣にいる俺でもはっきりと聞き取れなかったけど。
そんなこんなで昼食の時間も過ぎ去り、午後の授業、部活を終えて一日を終えた。
部活の間も、雛乃ちゃんは妙に俺の近くにいたり、意味深な笑みを向けてくるようになった。本当に何を考えているのかわからない。
なんだか、一日中雛乃ちゃんのことを考えている一日だったな。
◇◆◇
それから、とうとう芹沢先生との勝負の前日の夜になった。
この二週間ほども、雛乃ちゃんはずっと俺との距離が近くなっており、逆に乃愛ちゃんとの絡みが減ってきていた。全くなくなったわけではないが……。
それにあの日から、毎日のように雛乃ちゃんとダイレクトメッセージのやり取りをしていた。
でもこれって、俺の知っている『花園の主』の雛乃ちゃんじゃない。俺の言動のせいでストーリーが変わっている……?
でも、ストーリー外の桃井さくらの言動なんて知る由もないし、完全に模倣するなんて不可能だ。
それに元々、フラグを回収して珊瑚ちゃんと百合になる計画だったのだ。今さらストーリー改変なんて気にしていられない。まあ、雛乃ちゃんだって負けヒロインだしね。
俺は二週間もあったのに、一時も雛乃ちゃんとのキスを忘れることはなかった。それでも、回りに悟られないように上手く立ち回れていたと思う。
雛乃ちゃんの距離が妙に近いのは気になるけど……。
そんなことを考えていた時、スマホから着信音が鳴り響く。
画面を見ると珊瑚ちゃんの名前が。
俺は電話に出ると、電話越しに控えめな珊瑚ちゃんの声が届く。
『もしもし、今大丈夫?』
「うん。どうかしたの?」
『あ、そういうのじゃないんだけど……。明日緊張するね』
「うん」
『なんだか、明日のこと考えると落ち着かなくてさ。だからさくらに電話してみたんだ』
「確かに。ちょっと緊張してきた」
『なんか今まで緊張してなかったみたいな言い方じゃん。まぁ、なんかさくらは今悩みごとがあるみたいだけど? あたしには話してくれないし?』
「え、いや……悩みなんて」
『嘘ついちゃダメだよ。見てたらわかるもん。最近少しボーッとしてること多いし。ねぇ、悩みごとって雛乃ちゃん関連?』
「なんで雛乃ちゃんの名前が……?」
『だって最近妙に距離感近いじゃん。それに二人で遊びに行ってたり』
「やっぱり他の人から見てもそうなんだ……。なんか雛乃ちゃんが何を考えてるのかわからなくてさ」
『好きなんじゃない? さくらのことが』
「え、好きって……女の子同士だよ。私たち」
『うーん、でも最近の雛乃ちゃんがさくらに向ける顔、乃愛先輩が神崎先輩に向ける顔にそっくりなんだよね』
乃愛ちゃんが神崎愛斗のことを好きというのは、コスプレ部内で神崎愛斗以外の部員みんなが知っている周知の事実。
でも雛乃ちゃんが俺のこと好きって……。いやでもそうだとするならあのキスの理由もわかるし……。
いや、それどころかあの買い物の日の雛乃ちゃんの全ての行動に説明がつく気がする。
手を繋いできたり、見つめてきたり、写真を撮りたがったり。
じゃあ、本当に雛乃ちゃんは俺のことを……?
『まぁ、でも実際のところはどうかわからないけどね』
それからは明日のことについて少し話して電話を終えた。
俺の中からは明日のことに対する緊張なんて吹き飛んでいた。
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