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第十七話 『やるよ、コスプレ部の顧問』
四月二十五日。芹沢先生との勝負の日の当日となった。
授業を終え、俺たちは部室で着替えを開始する。
もう二回ほど身に付けたコスプレ衣裳。とは言え、普段着る服とは作りも着心地もなにもかも違うため、なかなか慣れない。
それに一人で着ることの出来ない作りとなっているため、他人の手を貸してもらう必要か有る。
俺は珊瑚ちゃんに声をかけようと思い、珊瑚ちゃんの姿を探すと、すぐ近くに雛乃ちゃんの姿が。
「あたしがやったげる。その代わり後であたしのもやってよ」
雛乃ちゃんは笑みを浮かべながら、俺にそう声をかけた。俺は断るのもおかしいと思ったので頷くと、雛乃ちゃんは嬉しそうに背中側に回って手伝ってくれる。
そんな中、珊瑚ちゃんとの昨日の電話での一言がフラッシュバックする。
『好きなんじゃない?』
そう考えれば考えるほど、雛乃ちゃんは俺のことを好きなのではないかと思えてくる。
「はい、終わったよ。じゃあ、今度はあたしね」
そう言って雛乃ちゃんはぐるっと後ろに回って、俺に背中を向ける。俺は雛乃ちゃんの男装用コルセットの装着を手伝ったり、服を身に付けるのを手伝う。
雛乃ちゃんの着替えも終えると、くるっと回って、今度は俺と向き合う。
「どう? 似合ってる?」
正直、ウィッグもメイクもしていないので、似合ってる? と聞かれてもかっこいい服を着ている雛乃ちゃんでしかないんたけど。
でもこれはこれで可愛いので俺はそれを素直に伝える。
「うん。可愛い」
「もう。男装なんだからかっこいいって言ってよ」
「それはこれからでしょ? まだウィッグもメイクもしてないじゃん」
「そうだけどさぁ。あ、さくらも可愛いよ」
「ありがとう」
「じゃ、今度はメイクやったげる。こっち向いて」
俺は大人しく、雛乃ちゃんの方へ顔を向け、メイクを施される。
普通のメイクとコスプレのメイクは色々と勝手が違う。だというのに、雛乃ちゃんは器用にコスプレメイクも男装メイクもこなしていた。
雛乃ちゃんにこうしてメイクをしてもらうのは、もう何度も経験しているので、以前ほどの緊張はない。
とはいえ可愛い女の子とこの距離感というのはなかなか慣れない。しかも、俺を好きな可能性のある女の子だ。
こんなこと、当然前世では経験したことのないもので……というか、女の子にモテたこともないし。気にするなと言う方が難しい。
「出来たよ、さくら。ほら、ウィッグも被ってみて。あと、カラコンは自分でやってね」
言われた通り、ウィッグを被って、まだ少し慣れないカラコンを慎重に目に入れる。
するとあら不思議。俺の顔はミサになっていた。以前にもメイクをしてミサの顔にはなっているものの、この感覚はなかなか慣れない。
すぐに雛乃ちゃんは自分のメイクを終え、ウィッグを被る。
「今度こそ、どうよ?」
「かっこいいよ」
「えへへー、さくらも可愛い」
実際もとの顔がすごく整っていることもあって雛乃ちゃんの男装はすごくかっこいい。
中身男の俺でもイケメンだと思うほどだ。
ねぇ、さくら一緒に写真撮ろ~」
「うん」
「はい、ちーず」
こうして撮られた写真を雛乃ちゃんに見せてもらう。なんだか雛乃ちゃんの見た目は男の子なのにポーズは可愛らしい女の子だから少しおかしい。
「なんかカップルみたい……」
「ん?」
「なんでもない! 今から写真送るね。ミンスタにもあげちゃってもいい?」
「うん。大丈夫」
「ありがと」
回りを見回すと、他の子達も着替えをほとんど終えたようだ。そこで俺は雛乃ちゃんに提案をする。
「みんなとも撮らない?」
「そうね。みんな、写真撮ろ~!」
そう言って集まった五人で写真撮影。
部室だと言うのになんだかここだけ世界観が違うみたいだ。
そして、写真を撮り終えると乃愛ちゃんが神崎愛斗に準備が出来たことを連絡し、当初の予定通り、神崎愛斗が芹沢先生を呼びに行く。
勝負の時間まで残りわずかだ。
◆◇◆
「……どうぞ入ってください」
神崎愛斗の声が扉の向こうから届く。途端に部屋中が緊張感で包まれた。
扉がゆっくりと開く。
「えっえぇ、嘘。オーカ様いるんですけど。この部活神崎くん以外にも男の子いたんだ」
そんな緊張感の無い芹沢先生の声が部室内の空気を和ませる。
芹沢先生はそう言って、乃愛ちゃんと俺の間に座る雛乃ちゃんの元へと歩いて近づき、まじまじと見つめる。
「え、えーっと……」
「えぇ!? 嘘、女の子なの!? 誰!? こんなかっこいい子いたっけ!?」
「あ、黄前です……」
「黄前って一組の黄前雛乃さん!?」
ずかずかと来る芹沢先生に圧倒されつつも、雛乃ちゃんはコクりと頷いた。
「意外! 問題児な噂しか聞いてなかったから。んで、隣のミサは……その乳は桃井だな?」
「あ、はい」
胸で判断された……。でもミサだって胸の大きいキャラだ。
「え!? アリアもいるじゃない! ねえ、ちょ、オーカ様とのツーショ撮らせて!!」
「だって、オーカ。私は別に構わないのだけれど」
乃愛ちゃんが役に入っているかのように、いつもとは違う口調で雛乃ちゃんに声をかける。
「あた、俺も別に構わない」
「そう、じゃあお願いしようかな」
雛乃ちゃんもそれに合わせて慣れない口調で応じた。とは言え声は可愛いのでなんだか無理して背伸びしている男子小学生みたいだ。
「はい、ちーず!」
シャッター音が響く。二人ともとても良い顔だ。本当に本物みたい。
「で、こっちはリオと……ルナ。すごい! みんなそっくり! コスプレってこんなにクオリティすごいものなのね。今まであまり通ってこなかったけど」
「なら先生。顧問を引き受けていただけますか?」
「え、あー、そうか。そう言う話だったな。うーん、この部の普段の活動ってどんな感じなんだ?」
「そうですね。基本的にはイベントに向けて準備とか、学校行事にも関わっていけたらと思っています。なので、先生にお願いしたいのは主に外部のイベントに参加するときの引率ですかね。とはいえ、運動部よりも忙しくないはずですし、先生もサボりたくなったら、何時でも部室に来ていただいてもいいですよ?」
「なるほどね。まあ、そのくらいならやるよ、コスプレ部の顧問。条件も良いし、何よりコスプレに興味が湧いた」
「オタクですね。せっかくでしたら先生もコスプレします?」
「いや、私はいいよ。今はとりあえず見る専ってことで」
というわけで、あっけなく顧問も決まったことでコスプレ部は正式な部となった。
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