第十八話 『コスプレイベントがあるの』

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第十八話 『コスプレイベントがあるの』

「じゃ、私は一旦生徒会室に行って愛梨亜に報告してくるよ」  そう言ってコスプレ姿のまま部室を出ていった乃愛ちゃんを見送り、部室には芹沢先生と神崎愛斗を含めた乃愛ちゃん以外のコスプレ部のメンバーが残った。 「ていうか、部員はここにいる奴らと赤橙で全員か?」 「そうですね」  芹沢先生の質問に神崎愛斗が頷く。 「へー、こんな可愛い子達に囲まれて、ラブコメの主人公みたいだな」 「そういえばそうですね」 「なんだよその反応。年頃の男子がこんな可愛い子達に囲まれて、どうしてそんな態度になるんだよ」 「気にしないようにしてるんですよ。先生の言った通りみんな可愛いので」 「ほーん」  それからも芹沢先生は数分の間、皆とそれぞれ話し、親交を深める。もちろん俺とも。  芹沢先生はクラス担任ではあるけど、そこまで会話をしたことはない。まぁ、まだ四月で大したイベントがないから仕方の無いことだが。  なので、俺の先生に抱いている印象は漫画「花園の主」において、しょっちゅう部室に来てゲームしたりダメなところもたくさん見せるが、顧問として、大人として、相談に乗ったり、なんやかんやコスプレ部のために奔走していた姿だ。  同年代ばかりが出てくる「花園の主」において貴重な大人キャラだった。  芹沢先生が俺たちコスプレ部員と話して親交を深めること十分弱ほどだろうか。扉がドンッと開かれた。   「正式な部となりました!」  開かれた扉の前に仁王立ちをしている乃愛ちゃんはそう宣言すると、パチパチと手を叩き出す。それに合わせて俺たちも拍手。 「さしあたって今日は、これからの予定について決めたいと思います!」  そう言って乃愛ちゃんは、部室の中に大股で入ってきていつもの位置に腰をおろした。 「とりあえず新しく正式な部室をもらえることになったから明日は引っ越ししたいんだけどみんなは大丈夫?」  という質問に、俺たちは頷く。 「先生も手伝ってもらえますか?」 「まぁ、顧問を引き受けたからにはやるよ」 「ありがとうございます」  乃愛ちゃんは事務的に淡々と話を進めていく。さすが生徒会副会長だ。 「それとこれは提案だから嫌だったら嫌って言ってもらって良いんだけど、今週の土曜日に近くでコスプレイベントがあるの。まだ参加受付してるから参加してみない? 衣裳は今着てるやつでさ」  乃愛ちゃんの提案に俺たちは顔を見合わせる。といっても俺はこの事について知っているから特に驚きはない。  強いて言えば、このイベントはフラグ回収をして俺と珊瑚ちゃんが百合になるための勝負どころだ。気合いが入る。 「まぁ、今すぐ決めてって訳じゃないからさ。心の準備とかもいると思うし。でも受付が金曜日までだから出きれば明日までに教えてほしいかな」  乃愛ちゃんのこの一言で今日の部活動は終わった。  言うまでもなくこのイベントには参加することになるのだが、確かに心の準備は必要だろう。  それにこの格好で知らない人の前に立つというのはやはり緊張する。でもそれもフラグ回収のためだ。まだまだ時間はある。しっかり準備をして備えるとしよう。 ◇◆◇  その夜。  いつもダイレクトメッセージでやり取りをしている雛乃ちゃんから、イベントについてのメッセージが届いた。 『イベントのやつ、さくらはどうするの?』 「参加しようかなって思ってるけど」 『じゃあ、あたしも参加にしよ』 「そんな簡単に決めて良いの?」 『もともと、みんなが行くって言ったらあたしも参加する予定だったし。まぁ、これからもイベントとかはあるだろうし、小さいイベントで慣れときたいしね』 『さくらこそ意外。こういうの苦手そうなのに』 「私も似たような感じ。これからもっと大きいイベントに参加することになるだろうし慣れておきたいなって」  これに関しては事実だ。本来の目的はさておき、コスプレで人前に立つという経験がない以上、小さいイベントから徐々に慣れていきたいところだ。 『やっぱそんな感じだよね』 『話変わるんだけど、日曜日は暇?』  日曜日? というとイベントの翌日か。恐らく暇だろうが……。ただ、フラグ回収の際、もしかするかもしれない。  ただ、まぁそうだとしても軽い怪我程度だろうから暇ではあると思うが。 「多分」 『じゃあ、デートしない?』 「デート?」  デート……。雛乃ちゃんは、今まで二人で出掛けるときでも、買い物とか言っていた気がするが……なぜここにきてデートという言い回しに……? 『そそ。二人分の遊園地のチケットもらったから一緒にどうかなって』 「私で良いの? 乃愛先輩とかじゃなくて」 『うん。さくらがいいの』 「そう。じゃあ行こうかな」 『決定ね! 楽しみっ!』  やっぱり雛乃ちゃん、俺のことを好きなのでは……? ダメだ。わかんない。女の子の好意がわかんない。わかってたら俺、前世で童貞じゃないし。  前世でもこの子絶対俺のこと好きだろと思って告白したら、そういう風には見れないとか言われるのを何度も経験してきた。  それに今の俺は女だ。ただの友情だとしても距離感は近くなることもあるだろう。ちょうど雛乃ちゃんと乃愛ちゃんのように。  人によっては友達同士でキスをする子も、出掛けることをデートって言う子もいるかも……?  あぁ、もうずっと雛乃ちゃんのことを考えてばかりで他のことに気が回らない。考えても仕方ないというのに……。もう本人に確認するしかないのだろうか。  デートの日だ。日曜日の遊園地で確認しよう。このモヤモヤをなくすために。 ◆◇◆  翌日。授業を終え、珊瑚ちゃんといつものように部室へと向かうと、乃愛ちゃんが荷物をまとめている。 「あ、珊瑚ちゃんにさくらちゃん! 早速だけど手伝ってもらってもいい?」 「あ、はい! なにをすればいいですか?」 「うーんとね、そこにまとめてある段ボールをこの棟の三階の一番奥の部屋まで持ってってもらえる? そこが新しい部室だから」 「わかりました! 行こ、さくら」 「うん」  乃愛ちゃんに言われた段ボールを抱え、部屋を出ていく。  この部屋は一階にある物置だから、三階の奥の部屋はかなり遠い。それにこの身体になってから、重い荷物を運ぶのはかなりしんどい。  階段を上るのもしんどいからこれを何往復かすると考えるだけでも疲れてくる。  そうは言ってもこれも部活動だ。他の人たちもやっているのに俺だけやらないというのは、もちろんあり得ない。  荷物を持って新たな部室に辿り着くと、そこには今の部室よりも1.5倍ほど広い、何もない部屋が広がっていた。 「うわぁ、ひろーい! なかなか良い部屋ですな」 「そうだね」  そう言って珊瑚ちゃんは新たな部室へと足を踏み入れ、部屋の中を見回す。俺も頷き、部室へと足を踏み入れた。 「荷物は……ここに置けばいいよね?」 「いいと思う」 「じゃ、新しいの取りに戻ろう。……あ、さくらは大丈夫? 疲れてるようだったら少し休んでからでも大丈夫だよ」 「うんん、大丈夫。私も行く」 「そっか、じゃあ行こ」 「うん」  それから俺たちは三往復ほど。途中からは雛乃ちゃんと蛍ちゃん、神崎愛斗に芹沢先生も加わることで荷物の運び込みを終えた。 「はぁー、疲れたぁ。ね、さくら」 「うん……、ほんと、にね」  肩が痛い。足も上がらないし、これ明日は筋肉痛コースだ。 「じゃ、とりあえず机と椅子だけ出して、ちょっと休憩しようか。みんな疲れてるでしょ」  乃愛ちゃんの宣言で俺たちは休憩に入った。 「さくら、大丈夫?」  雛乃ちゃんが隣に座ってそう尋ねてくる。 「ちょっときついかも……」 「うーん、じゃあマッサージしたげる。背中向けてよ」 「え、悪いよ」 「いいからいいから。あたしがやりたいの」 「じゃあ……お願いしようかな」 「うん、任せてっ!」  俺は背中を雛乃ちゃんに向ける。  すると、首筋に雛乃ちゃんの少し冷えた手が触れて──。 「ひゃう!?」  変な声出た。 「ご、ごめん。そんなつもりはなかったんだけど」 「う、ううん。大丈夫」 「じゃあ、始めるね」  そう言って雛乃ちゃんは俺の肩を揉み始める。これがなかなか気持ちよくて、自分の口から少し色っぽい吐息が漏れているのに気づいた。 「う、ふぅ」  いつの間にかみんなの視線が俺の方に向いてるのに気づいた。 「ど、どうかな、さくら。あたし上手くやれてる?」 「う、ん。すごい気持ち、いい、よ」 「よかったぁ」 「なんか最近の雛乃、さくらちゃんにべったりだよね」 「え!? あ、うん。そうなの」  乃愛ちゃんの言葉に少し雛乃ちゃんが動揺混じりに答える。 「私は雛乃に仲がいい友達が出来て嬉しいよ」 「うん、あたしも嬉しい……」 「さくらちゃんもこれからもずっと雛乃と仲良くしてくれると嬉しいな。もちろんみんなもね」 「は、はい」  それからもう少し雛乃ちゃんのマッサージが続き、乃愛ちゃんの号令で、みんなで部室内の内装を整える。  雛乃ちゃんのマッサージのお陰で少し身体が軽くなっている。雛乃ちゃん、マッサージの才能があるのかもしれない……。  そして全てを終えた頃には、時間は十六時を回っていて、空は少し赤みがかっていた。  それから俺たち一年生四人は乃愛ちゃんにイベントに参加するということを伝え、今日の部活はお開きになった。
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