第二十五話 『あたしが女の子のこと教えてあげる!』

1/1
7人が本棚に入れています
本棚に追加
/30ページ

第二十五話 『あたしが女の子のこと教えてあげる!』

「あなたは誰?」  珊瑚ちゃんの口から放たれたのは予想通りの言葉。 「私は……俺は、何て言えばいいんだろう」 「!? 男の子だったの!?」 「え、あ、うん」 「あ、でも確かに……あの時すごい口悪かった」 「あれは思ったことがそのまま口から出ちゃって」 「そうだったんだ……あ、お風呂! 皆で入ったやつ! あ、でもめっちゃのぼせてたね」 「頑張ってみないようにしてたんだけど」 「今思えばあの時のさくらもおかしかったかも」  あの時おかしかったのは自覚がある。て言うか、どこを見ても目のやり場に困るんだから仕方なくない!? 挙げ句の果てにはのぼせたし。 「うん。自分でもそう思う」 「それで、どうしてそんな男の子のあなたがさくらの中にいるの?」  核心をついた質問。これについては俺もわからない。どうして俺が桃井さくらに転生したのか。  この世界が漫画の世界であることも話せないため、本当に言えることが少ない。 「俺もわからない……。もとの俺は、トラックに跳ねられて死んだんだよ。そして目を覚ましたらこうなってた」 「……それって転生? みたいなやつ?」 「多分……」 「じゃあ、あなたもよく分かってないんだ」 「うん」 「そっかぁ。もとに戻る方法とかもわからない?」 「うん……ごめん」 「……なら、仕方ないね……」 「……いいの?」  意外な反応だった。もっと糾弾されたりするものかと思っていた。 「うん。あなたになに言ってもさくらは返ってこないんでしょ?」 「まぁ、そうなんだけど……。もっとなんか色々言われるものかと……」 「言いたい気持ちはもちろんあるよ? でももしかしたらこれはさくらが望んだことなのかもって……。さっきも言ったけど、あの子の中学の頃の記憶って多分嫌なことばかりだと思うの。いじめられてたから……。あんなことがまた三年も続くかもって考えたら、生きたくもなくなるよ」  どうなんだろう……。俺の知る桃井さくらは、確かにあまり人に心を開かないものの、前を向いて生きている人という印象だ。  しかし、これは高校に入った後、コスプレ部に所属してからのこと。それ以前のことを俺はなにも知らない。  珊瑚ちゃんが言うのだからいじめを受けていたのは本当なのだろう。そこでどんな辛い思いをしたのかを俺は知らない。  それを知る珊瑚ちゃんがこんなことを言うくらいだ。凄惨ないじめを長い間受けていたのだとしたら、珊瑚ちゃんの言うことにも納得できる。  俺は静かに珊瑚ちゃんの話を聞く。 「あたしはさくらがいじめられてるなんて最初は全然知らなくて、能天気に横で無邪気に笑ってて。いじめられてるって知った後も、あたしが守るなんて息巻いておきながらなんにもできなくて……。きっとさくらもあたしに失望して──」 「それは違うだろ!?」  確かに俺は、中学の頃の桃井さくらのことはなにも知らない。でも、高校に入った後の桃井さくらのことは知っている。  少なくとも珊瑚ちゃんに失望してるなんて、そんな風には見えなかった。幼馴染みで親友で恋敵。  それでも、物語の最後までずっと仲良しだった。そんな子が珊瑚ちゃんに失望なんて、そんな感情を抱いているとは思えない。 「……あなたはなにも知らないじゃない」 「……辛いときに隣にいてくれる人がいるだけで嬉しいものなんだよ」  俺にはいじめられた経験も、そこまで心が追い詰められた経験もない。無責任な言葉を言ったものだと自分でも思う。  でも俺は桃井さくらが珊瑚ちゃんのことを好きだって知っている。もちろん友達としてだが。 「……うん。まぁ、あなたになにを言っても変わらないよね」 「……」 「ねえ、あなたのことを教えてよ。名前も年齢もあたし、あなたのこと何も知らない。助けてもらったのに」  助けてもらった。この言葉に俺の罪悪感は強く刺激される。 「……名前は今井見晴(いまいみはる)。二十一歳で大学生だった」 「へ、あ、年上だったんですね」 「敬語じゃなくてもいいよ。誇れるような経験なんかしてないし、違和感もあるから」 「そ、そっか……。あ、じゃあどの辺に住んでたの?」 「名古屋の端っこの方」  ちなみに漫画「花園の主」の舞台、つまりここも名古屋市だ。こっちの方がもっと中心部で都会だが。  それに実際に存在しないものも多く存在しているため、実質架空都市といっても過言ではない。 「じゃあ、近くに住んでたのかもしれないんだ?」 「いや……多分違う世界……いや、何て言えばいいんだ?」 「え? 見晴さん、名古屋の人なんでしょ? 違う世界ってどういうこと?」 「俺の世界には大百合高は学校は存在しないし、ほとんどの人の髪の色は黒とか茶色なんだよ。それに、ルナ戦もない。だから……パラレルワールド的な?」  この世界はモブでもそれはもう見事に、カラフルな頭をしている。 「パラレルワールド……って、なんか世界線が違う、みたいなやつだよね? 昔、小説でそんな感じの読んだ気がする」 「うん、そんな感じ」  嘘は言っていない。ある意味ではその通りだろう。多分俺が出来る説明でこれが一番本質に近い気がする。 「そっかぁ。じゃあ、見晴さんの家の辺りを探しても見晴さんの家はないんだ」 「そうなるかな」 「寂しくないの?」 「未練とかはないからなぁ。親も弟の方が可愛がってたし、仲のいい友人も恋人もやりたいこともない人生だったし。今の方が楽しいよ」  多分弟の方が可愛がっているとは言え、家族は多少は悲しんでいると思う。思いたい。でも大学の人とかは事故のことを聞いてもそんな奴いたな位で終わるだろう。  勘違いしてほしくないのは友達はいた。ただ親友、それこそ桃井さくらと珊瑚ちゃんの関係のような、そんな友人が俺にはいなかった。  学校を卒業したらそれっきり、みたいな。  それほどまでに俺の前の人生はつまらないものだった。  それに好きな漫画の最終回も見届けられたし特に未練はない。  珊瑚ちゃんの顔を見ると、なんとも言えない表情をしている。なんというか、呆然? としている感じ。  俺の前の人生が思ったよりもつまらなくて、何を言えばいいのかわからなくなっているのだろうか。 「……本当に彼女いなかったの?」 「え、うん。生まれて此の方いたことないけど。なんで?」 「な、なんでって……。だって雛乃ちゃんのときもあたしを助けてくれたときもあんなかっこいいこと言うから、てっきり女の子慣れしてるのかって思ってたし……。そ、それに雛乃ちゃんいつの間にかさくらのこと好きになってたし!! なんかものすごいモテテクとか持ってるって思うじゃん!!」 「俺は未だに本当に雛乃ちゃんが俺のこと好きなのか疑ってるんだけど……」 「好きだよ! どう見ても好きだよ!! さくらが倒れてるの見たときの雛乃ちゃん本当にすごかったんだからね」 「でも一応女の子同士だし、俺は雛乃ちゃんがどんな反応をしたのか知らないけど、友達ならおかしくないんじゃない?」  女の子同士の距離感がわからない俺には、判断のしようがない。雛乃ちゃんがどれだけ距離感が近くても、まぁ女の子同士ならあり得るのかとか思ってしまう。  実際、雛乃ちゃんは乃愛ちゃんとの距離も近いし。 「さすがにあの目は好きな人を見る目だよ。雛乃ちゃんは乃愛先輩にもあんな目は向けないよ」 「そういうのって見たらわかるもの?」 「わかるものだよ! 乃愛先輩が神崎先輩のことを好きなのも見たらわかるし」  乃愛ちゃんが神崎愛斗ののことを好きなのは俺も知っている。でもこれは漫画による前情報があったからで。  なにも知らない状態であれば、俺は気づけただろうか。 「じゃあ、本当に俺のこと好きなのか……」  なんというか、普通に嬉しい。あんな可愛い子が俺のことを好きなんて。まあ今は俺も客観的に見れば可愛い子なのだが。  それに雛乃ちゃんが俺のことが好きだと知った途端、今まで以上に愛おしく思えてくる。 「何回か二人で会ってるんだよね?」 「まぁ、うん」 「そのときはどんなことしたの?」 「一緒に買い物したり、メイクしてもらったり……。あと、喫茶店で食べ合いっこしたり……キスもした」 「え、え!? キスってえ、キス!? そこまでして好きだって気づかれない雛乃ちゃんが可哀想だよ!!」 「いや、女の子同士ならそんなこともあるのかなぁって」 「普通しないよ!! 見晴さんは女の子のことなんだと思ってるの!?」  珊瑚ちゃんは、いつの間にかさっきまでの暗い雰囲気とは打って変わってとても明るくなっていた。それが俺の恋愛話によるものというのは複雑だが。 「もう! 見晴さんがこれからさくらとして生きていく上で必要なことなんだから、夢見がちな見晴さんにあたしが女の子のこと教えてあげる!」  珊瑚ちゃんは、急にパイプ椅子から立ち上がり、頬を赤く染めながらそう叫んだ。  俺は突然のこと過ぎて呆然としてると、追い討ちをかけるように、珊瑚ちゃんは再び口を開く。 「このままだと困ることたくさん出てくると思うの! そ、それに見晴さんがさくらになってからまだ来てないんでしょ?」 「? なにが?」 「な、なにって、えっと……あの日だよ」 「……? どの日?」 「もう!」  珊瑚ちゃんは俺の耳に顔を寄せ、ボソッと呟く。 「生理」  俺はいきなり耳元に囁かれたことで驚きで後退る。左腕を怪我してるにしては俊敏な動きをしたのではないだろうか。  俺は慌てて肯定を示す意味で首を二、三度縦に降る。  それにしても生理。確かに女性の身体なら普通に訪れる現象。確か月に一度、だいたい一週間ほどだったか。  今まで考えていなかったが、俺の身にもこれから起こるのか……。 「ね、困るでしょ? あなたが本当は男の子だって知ってるのはあたしだけなんだから、あたしが教えてあげる。ほかにもあなたが女の子として生きていく上で必要なことを全部」 「あ、ありがとう……」 「その代わり教えてほしいことがあるの」 「いいけど、なにを?」 「キスの味……。したんでしょ、雛乃ちゃんと」  …………? なんの話だ急に。  そんなことを知ってどうするというのだろうか。 「一瞬だったから味なんて特に……」 「そ、そっかぁー。じゃあ、自分で確かめるしかないかぁ」 「え?」  珊瑚ちゃんの手が俺の頬を包み、顔が近づいてくる。  雛乃ちゃんのときよりも勢いがすごく、心の準備をする間もなく唇同士がふれあった。  どれ程時間が経っただろうか。数十秒は経っただろう、息継ぎができなくて辛くなってきた頃、俺のいる病室の扉が勢いよく開いた。 「あ、あ────っ!! さ、珊瑚なにしてんの!? さくらも!!」  雛乃ちゃんの声が病室に響く。いや、廊下中に響いたか。ここ病院だぞ。  そんな騒々しい声を聞いても珊瑚ちゃんはしばらく唇を離してくれない。 「もうー! 離れてっ!!」  雛乃ちゃんが珊瑚ちゃんの後ろに回り、俺から引き剥がす。  扉を見ると、桃井さくらの母親とコスプレ部の全員がにやにやしながら立っている。  それに珊瑚ちゃんが離れ際、ボソッと「ん、美味しかった」と呟いたのも聞き逃さなかった。 「さ、珊瑚! それは抜け駆けでしょ!?」 「雛乃ちゃんもしたんでしょ?」 「し、したけど……」 「じゃあ、お互い様。これからってことで」 「むー」  納得いかないといった表情を示す雛乃ちゃん。 「悪女だねー、さくらちゃん。二人の可愛い女の子の唇を奪うなんて」  乃愛ちゃんが近づいてきながら、俺にそう告げる。 「奪われたの私なんですけど……」 「あはは、確かに」  ていうか、珊瑚ちゃん。さっきキスは好きな人としかしないみたいなこと言ってたよな。  え、これってそういうこと……?  いや、よく考えれば当初の目的通りなんだけど……。  これはどういう感情なのだろうか。嬉しいとは思っているのに、後ろめたさを感じる。  それはもちろん珊瑚ちゃんが傷ついたあの事件の発端は俺だから。それにこの身体は桃井さくらのもの。  それなのに俺が幸せになってしまってもいいのだろうか……。
/30ページ

最初のコメントを投稿しよう!