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第四話 『ねぇ、それより触ってみても良い?』
「ここ……だよね……?」
私立大百合学園高校には三つの校舎がある。
一般的な教室が並ぶ、生徒棟。
視聴覚室や家庭科室、理科室などの特別な用途で使われる教室が並ぶ、特別棟。
そして、部室が並ぶ、部室棟だ。
そんな部室棟の三階突き当たり、まるで物置のような小さな部屋の扉の前に俺たちは来ていた。
「多分……。コスプレ部って書いてあるし」
そう。コスプレ部の部室だ。たしかこの頃は部員が二人ということもあり、本来は物置だった場所を部室としていた。
「入って……みよっか?」
「そうだね」
俺が頷くと、珊瑚ちゃんは扉をノックし様子を伺う。しばらくすると中から反応が返ってきた。
「はいはーい」
扉がゆっくりと開く。中からは赤橙乃愛と、その腰に抱きついている金髪ロングの美少女。普段はギャルで女子力の鬼、乃愛ちゃんと神崎愛斗の中学の後輩であり、乃愛ちゃんのことが大好き、コスプレでは男装を担当する黄前雛乃おうまえひなのだ。
「あ、もしかして見学かな? どうぞ、狭いけど入っちゃって」
乃愛ちゃんはそう言って、俺たち二人を部屋の中に入るように促す。珊瑚ちゃんがそれに従い部屋に足を踏み入れる。俺もそれに続いて部室へと入った。
「そこ座っていいよ。コーヒーとココアとお茶とあるけどどれがいい?」
おそらく小道具や衣装が詰め込まれている段ボール箱がごちゃごちゃとそこら中に詰まれた狭い部屋。その中央には、小さなテーブルと人一人寝転がれるほどの大きさのソファがある。
俺たちはそのソファに腰を掛けた。
「あ、じゃあ、あたし、ココアでお願いします」
「わ、私も……」
どうにも私と言うのには慣れない。
まぁ、今までの長い間俺と言い続けていたのだから、当たり前と言えば当たり前なのだろうが。
「はーい」
「せんぱーい、あたしもココア~」
「雛乃にはさっき出したじゃん」
「もう飲んじゃったも~ん」
「もう、しょうがないなぁ」
「やたぁ、先輩大好き!」
「はいはい、危ないから離れて」
そんな二人の美少女による百合百合とした掛け合いを眺めていると、珊瑚ちゃんが小声で俺に尋ねてくる。
「あの金髪の子ってあたし達の同級生だよね? 入学式にもいたし。赤橙先輩とどんな関係なんだろう?」
「中学の先輩後輩とかじゃない?」
「お、せいかーい。なかなか勘が鋭いな、お主」
乃愛ちゃんがテーブルに二人分のココアを置いて、俺に向けそう言い放つ。
雛乃ちゃんも自分の分のココアを手に、珊瑚ちゃんの隣に腰かけた。
「えーっと、私のことはもう知ってるかな? 二年の赤橙乃愛です。二人のことも教えてもらえるかな?」
「あ、蒼井珊瑚です!」
「桃井さくらです」
「あはは、そんな緊張しないで。ほら、雛乃も自己紹介」
「あたしは黄前雛乃。先輩の後輩で~す」
「珊瑚ちゃんとさくらちゃんは何組なの?」
「二組です」
「二人とも?」
乃愛ちゃんの尋ねに俺たちは二人で頷く。
「そっかぁ。雛乃は何組だっけ?」
「いちー」
「おー、じゃあ、三人とも体育一緒じゃん! 今のうちに仲良くしときな!」
それから四人で談笑が始まる。正直俺は、ペースの早い女子の会話にほとんど混ざることができなかったが、俺、というか桃井さくらが引っ込み思案な性格であるということを珊瑚ちゃんが説明したことで特に問題にならなかった。
そうは言っても、乃愛ちゃんと雛乃ちゃんとはそれなりに仲良くなれたと思う。二人のことを名前で呼べるような関係になれたし。
「そうだ! 三人とも簡単にだけどコスプレしてみない?」
「いいんですか!?」
「あたしもする~」
「さくらちゃんは?」
「わ、たしもしてみたいです……」
「うんうん。じゃあちょっと待ってね」
乃愛ちゃんは頷きながら積まれた段ボール箱の中身を確認しながら三つを持ち運んできた。そして、それぞれの前に一つずつ段ボール箱を置いた。
「その中から好きなやつ選んでね。多分サイズあってると思うけど、もし小さかったら言ってね」
隣を見ると、珊瑚ちゃんと雛乃ちゃんはすでに段ボール箱の中を漁っていた。俺も中を確認する。
中には、おそらく「花園の主」の作中作のコスプレ衣装の数々。
確かこれらの段ボール箱の中身は、神崎愛斗が練習として一年間で様々なサイズの衣装を作ったものだったか。
その中から俺は、比較的露出が少なめの衣装を手に取った。
「さくらちゃんはそれにするの? ……うん。サイズも問題なさそうだね。二人も決まったみたいだし、着替えちゃおっか。着方が分からなかったら聞いてね」
その言葉を聞くと、珊瑚ちゃんと雛乃ちゃんは制服に手を掛け、何のためらいもなく脱ぎ始め、たったの数秒でふたりはあっという間に下着姿になった。
未だに自分の下着姿にも慣れていないというのに、こんな美少女二人の下着姿を見ることになるとは……。それに一人は推しだし。
はぁ、二人ともお美しい。でもいつまでも見ているわけにはいかない。俺は目をそらし、自分の制服に手を掛けた。
制服を脱ぎきり、俺も下着姿になったころ、下着姿の雛乃ちゃんが、俺の顔を覗き見るように近づいてきた。
「さくら、あんた本当にスタイルいいわね。なに食べたらこんなに大きくなるわけ?」
確かに雛乃ちゃんの胸はコスプレ部の中で一番小さい。というかほぼ絶壁だ。俺は小さいおっぱいも好きだけどね!
それよりも近い! かわいい女の子に下着姿でこんな近づかれたら、変な気分になってしまう。
「ふ、普通じゃないかな……? それに雛乃ちゃんはかわいいし……」
雛乃ちゃんの下着姿を直視できなくなった俺は、目をそらしながら答える。
「なんで目をそらすのよ」
「ち、近いから……」
「これくらい普通でしょ? ねぇ、それより触ってみても良い?」
「な……何を……?」
「これに決まってるでしょ?」
「ひゃっ!?」
「え、すご! おっきいとこんなに柔らかいんだぁ……あたしもいつか……」
雛乃ちゃんは俺の胸を揉みながら、自分の胸をさすりボソッと呟く。
「二人でなに楽しそうなことやってんの? 私も混ぜてよ!」
今度は乃愛ちゃんまで俺の胸を揉み始め、挙げ句の果てには、珊瑚ちゃんまで「あたしもー!」と言って混ざってくる。
何俺夢でも見てるの、と不思議な気分になっていると、部室の扉が開く。
「乃愛~、戻ったよー!」
「あ! 愛斗、今はダメ!」
「え?」
「あら」
乃愛ちゃんが制止するももう遅い。美少女四人が下着姿でわちゃついているのが、神崎愛斗の目に焼き付いているだろう。
そしてそんな神崎愛斗の背後に立つ、白い長髪の正統派美少女、白鷺蛍が場違いな声を上げる。
「いいから早く出ていって!」
「わかった、わかったから。小道具投げるのはやめて!」
乃愛ちゃんが段ボール箱の中から小道具を投げることで神崎愛斗を追い出し、扉の前に白鷺蛍だけが取り残された。
俺はそんな様子を見ながら、さっきまで下着姿の美少女達に自分のおっぱいを揉まれるという異次元過ぎる体験のせいで忘れていたけど、そう言えばこんなシーンもあったなぁ、と想いを馳せる。
漫画は主人公である神崎愛斗視点で進んでいたため、こうして自分が他のキャラになるというのは、物語の裏側を見ているようでこれはこれで新鮮なことに気づいた。
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