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第六話 『顧問を探しますっ!』
「顧問を探しますっ!」
翌日。確認テストを終えた放課後、全員が部室に集結した中、乃愛ちゃんが腰に手を当て、部室中に響き渡る大きな声で宣言した。
「顧問の先生、いなかったんですか?」
「うー、忘れてたの……!」
珊瑚ちゃんの質問に、乃愛ちゃんは顔を両手で覆い、恥ずかしがりながら呟く。かわいい。はぁ~、眼福。
「それでね、今朝、昨日の約束通り生徒会室に部室を申請しにいったらさ──」
乃愛ちゃんが今朝の生徒会室での出来事の回想を始めた。
◇◆◇
「愛梨亜ー!! 今ちょっといいかな?」
午前八時の生徒会室。彼女、生徒会長である市ノ瀬愛梨亜は、いつもこの時間には生徒会室で仕事をしている。
「おや? 珍しいね、乃愛。君がこんな時間に生徒会室に顔を出すなんて」
「うん! コスプレ部のことでね」
「ほう?」
「なんとこの度部員が六人になりまして! これでちゃんとした部室もらえるよね!?」
「すまないね、乃愛。私としても親友の頼みは聞いてやりたいところなのだが、なにぶんコスプレ部は部活として不備があってね……。身内だからと贔屓するわけにはいかないのだよ」
幼馴染みで親友。小学生の頃からの付き合いで、小さい頃には愛斗も含めた三人でよく遊んだりしていた。
勉強は私の方が出来るけど、リーダーシップとか人付き合いとかそう言ったところは、私は愛梨亜に及ばない。
そんな彼女が私に不備があると言いつけてきた。愛梨亜が私に意地の悪いことを言うとは考えにくいので、本当に不備があるのだろう……。
私は頭を捻って、数秒考えた末に一つの答えに行き着いた。
「あ……、顧問」
「ん、そういうことだ。急かしはしないからゆっくり探すといい」
◆◇◆
「──ってことなの! だからまず顧問の先生を探さなくちゃならなくてね」
「でもセンパーイ。あたし達全然どんな先生がいるのか全然知らないよ~?」
「ふふふ、それについては安心して! あてはあるの!」
胸を張り、威張る乃愛ちゃん。そんな乃愛ちゃんに珊瑚ちゃんが質問を投げ掛ける。
「どんな先生なんですか?」
「珊瑚ちゃんも知ってる先生だよ!」
珊瑚ちゃんが知っているということは俺も知っている先生だ。そしてそんな人は一人しかいない。
「芹沢先生だよ。珊瑚ちゃんとさくらちゃんのクラスの担任だったよね?」
「そうですけど……、え!? 芹沢先生なんですか?」
珊瑚ちゃんが驚きながら反応する。
「うん、芹沢先生はまだ二年目だから部活の顧問をやってなかったはずだよ。それにあの人絶対オタクだよ!」
「オタク……あんまりそんな風には見えなかったけど……。どうだったっけ、さくら」
「え!? あ、うん。わ、私もそうは見えなかったかな……?」
俺は急に話を振られ、少し驚きながら頷く。
「間違いないよ! 芹沢先生、こないだ職員室ですごいニマニマしながらスマホでルナ戦記のイラスト見てたんだから! ってことで、早速職員室にいこうと思うんだけど。善は急げって感じで。折角だし一年ズも来る? 職員室行くの慣れておいた方がいいと思うし」
ルナ戦記とはこの世界における人気少年漫画だ。どんな話かは「花園の主」に書かれていたわけではないので俺にもよく分からないが、タイトルとかコスプレ姿を見た限りではファンタジー世界の戦記ものの漫画だろう。
この乃愛ちゃんの言葉に真っ先に反応したのは雛乃ちゃんだ。
「行くっ!」
続いて珊瑚ちゃん。
「あたしも、いいですか?」
「私も行ってみたいですっ!」
「わ、私も」
蛍ちゃんと俺も反応したのを確認し、乃愛ちゃんは右手を天に掲げた。
「じゃあ、みんなで行こうか! レッツゴー!!」
乃愛ちゃんは俺たち四人を連れて、部室を出る。部屋を出る瞬間の神崎愛斗が放った「え、僕は!?」という声を振り切り、俺たちは職員室へと向かった。
◇◆◇
「芹沢先生」
「お、赤橙と……ん? 蒼井と桃井か? それに……、なんか珍しい組み合わせだな。どうした?」
「先生にお願いがあって」
俺たちは職員室に来て、スマホを眺めながらコーヒーを飲んでいた芹沢先生に声をかけていた。
乃愛ちゃんに説得は私に任せて、と言われていたので、俺たちは職員室の中を見渡しながら黙って待っている。
芹沢先生が首をかしげる。
「私に?」
「はい。先生って部活の顧問してませんでしたよね?」
「してないけど……え? そういう話?」
「はい。コスプレ部の顧問になってほしくて」
「やっぱそういう話だよなぁ。なんで私なの? 顧問やってない先生って他にも何人かいるよな?」
「だって先生、オタクじゃないですか?」
「へ!?」
乃愛ちゃんの言葉に、口が小さく開いたまま固まる芹沢先生。
それから数秒経って、芹沢先生は早口で捲し立てるように言葉を紡ぎ始めた。
「な、なんで知って……いや! 違うけどな!? でもなんでそう思ったのかなぁって思っただけで!!」
「こないだルナ戦記のイラスト見てたじゃないですか。その時の先生の顔がオタクの顔だったので」
乃愛ちゃんの言葉に、芹沢先生はまたもや呆然とするように口を半開きにして固まった。
「私そんなに顔に出てるんだ……。じゃあ他の人にもばれてる……? 隠してたのに」
「どうでしょう。私から言えるのは顧問になってくれたら言いふらしたりはしませんよ、ってことくらいですかね?」
乃愛ちゃんがすごく悪い顔をしている。
「お、脅し……?」
「交渉です。あ、じゃあこういうのはどうですか? 先生、ルナ戦記お好きなんですよね?」
「え……、まぁ好きだけど……」
「じゃあ、私たちはルナ戦記のコスプレをするので、先生は少しでも良いと思ったら顧問になる、思わなかったら顧問にはならなくてもいいっていうのはどうですか? もちろんどっちになっても言いふらしたりしません」
「本当にそれでいいの? 私の自己申告なんでしょう? 良いと思っても言わないかもしれないし、それにそのまま脅されてたら普通に顧問になってたわよ? 私」
「私だっていやいや顧問になってほしいわけじゃありません」
「そう……分かった。なら、その勝負? 受けましょう」
芹沢先生が首を大きく縦に振り、それに乃愛ちゃんが微笑みながら応える。
「ふふ、ありがとうございます。こちらにも準備がありますので、三週間後の二十五日の水曜日でいいですか?」
「ええ」
「ありがとうございます。では失礼します」
乃愛ちゃんがUターンをして出口へと向かったため、俺たちもついていき職員室を後にした。
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