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第八話 『今から私の家で鑑賞会をいたしませんか?』
『お昼一緒に食べよ』
このような連絡が雛乃ちゃんから来たのは、採寸をした翌日の二時間目の授業中のことだった。
俺は特に断る理由もないので、いいよと返信する。
昼休みになり、俺は珊瑚ちゃんと共に食堂の指定された席へと向かうと、そこにはすでに雛乃ちゃんと蛍ちゃんが座っていた。
「あ! 来た来た、二人ともこっちこっち」
始めての食堂のため、頼んだ料理をもって、指定された席の辺りで迷子になっていた俺たちを、雛乃ちゃんは片手をあげて呼び掛ける。
「ごめん、少し迷っちゃって」
隣り合って座っている雛乃ちゃんと蛍ちゃんの向い側に俺たちは腰を下ろし、珊瑚ちゃんが手を合わせてそういい放つ。
「ぜんっぜん! あたしたちも今さっき来たとこ」
「それでどうしたの? 急にお昼一緒に食べようなんて」
「特に用とかはないわよ。友達を誘うことがそんなおかしなこと?」
「そういう訳じゃないけど……。雛乃ちゃんもうクラスに友達いっぱいいそうだし」
「いないわよ。あたし嫌われてるし。いや、怖がられてるって感じか、どちらかといえば」
「ヤンキーさんなんですよね、雛乃さん」
蛍ちゃんがスプーンでカレーを掬いながらニコニコと口を開く。
「え? ヤンキーなの雛乃ちゃん?」
「違うわよ。ただ回りからそう思われてるだけ。おとといみたいに先輩に近づく悪い男を追っ払ってるだけなのに」
「あぁ……」
珊瑚ちゃんはおとといのことを思い出したのか、妙に納得したような呻き声を漏らす。
そう、雛乃ちゃんは中学時代、乃愛ちゃんに男の影が近づく度に、その男をおとといにやってみせたように徹底的に追い詰めていた。
そういうことを繰り返しているうちに、いつの間にか学校中のヤンキーに慕われ、番長のような扱いを受けていたらしい。
その代わりとして、クラスメイトからは敬遠されている。その噂がこの高校にまで届いた、ということだ。
雛乃ちゃん自体は本来、かわいいものが好きで、お菓子作りが趣味な女子力の高い子であるため、回りが自称ヤンキーの男ばかりだったというのは辛かったのだろう。
今はただ、一緒に話ながら昼食をとっているだけだが、とても楽しそうだ。
こうして、僕たちは昼食会を終え、教室に戻る。珊瑚ちゃんは雛乃ちゃんのことにとても驚いていたが、「いつでも誘ってくれていいからね」と雛乃ちゃんに伝え、俺と蛍ちゃんもそれに同意した。
そんな昼休みを過ごして放課後、俺と珊瑚ちゃんは一緒に部室へ入ると、机の上に十冊ほどの漫画が置かれていた。
表紙をみると、タイトルはルナ戦記。月末に芹沢先生との勝負でコスプレをする作品だ。
「あ! 二人とも!」
乃愛ちゃんが俺たち二人に気づき、そう声をかけてくる。
「こんにちは!」
「こんにちは」
そんな乃愛ちゃんに対し、俺と珊瑚ちゃんは挨拶をする。
そんな俺たちに向け、乃愛ちゃんは机の上につまれた漫画の一冊を手に取り、尋ねる。
「二人はルナ戦記読んだことある?」
手に取った漫画を胸元に持ち、首を傾け可愛く尋ねる乃愛ちゃんに、俺たちは首を横に振った。
「二人とも読んでないのかぁ。どうしよう、二人でひとつの漫画読むのって大変だし」
「先輩、なんの話してるの?」
「あ、雛乃」
いつの間に来ていたのか、乃愛ちゃんのは以後にベッタリとくっつきながら尋ねる雛乃ちゃん。その後ろには蛍ちゃんも来ている。
「二人ともルナ戦記読んだことないんだって。でも漫画1セットしか持ってきてないから二人で一緒だと読み辛いよねって話してたとこ」
「アニメじゃだめなんですか? 私アニメならみたことあるんですけど」
後ろに控えていた蛍ちゃんが控えめに尋ねる。
「ううん、全然大丈夫だよ! そろそろみんながコスプレしたいキャラを決めないと愛斗の作業が滞っちゃうから、そのためには作品を見てもらわないとなぁってだけだから。私的には好きになってくれたら嬉しいけどね!」
「そういうことでしたら、皆さん! 今から私の家で鑑賞会をいたしませんか?」
「え、鑑賞会って……、今からこんなに大勢で家に行っちゃうと親御さんに迷惑にならないかな?」
蛍ちゃんの言葉に珊瑚ちゃんが真っ当に突っ込む。
そんな心配は無用と言わんばかりに蛍ちゃんは、両手を握りしめ、身をのりだし、首を横に振る。
「全然大丈夫です! ママもよろこぶと思いますっ!」
「そう? でもルナ戦のアニメって2クールあるから、今から見始めると一晩中かかっちゃうし、やっぱ迷惑じゃない?」
そんな蛍ちゃんに乃愛ちゃんが尋ねる。
現在の時刻は午後の四時頃。2クールのアニメを全部見るとなると十時間ほどかかるため、それを心配してのことだろう。
そんな乃愛ちゃんの心配に、蛍ちゃんはさらに身をのりだし意気揚々と言葉を紡ぐ。
「では、お泊まり会ですね!!」
「ほ、本当に大丈夫……?」
「ママに電話してきます!!」
ちょうどいいことに今日は金曜日。翌日は休日だ。
蛍ちゃんがスマホを片手に部室から駆け足で出ていく。そんな様子をただ茫然と待つ俺たち。
そんな沈黙を打ち破ったのは言葉を発しながら部室に入室してきた神崎愛斗だ。
「白鷺なんかあったのか? そこで電話してたけど」
「うーん、なんというか……」
「皆さん、ママから許可が出ましたっ!」
「許可って何の話?」
「今から蛍ちゃんの家でルナ戦アニメの鑑賞会をするためにお泊り会をするって」
「へー、いいじゃないか。これからもずっと一緒に活動していくんだしこの機会にもっと仲良くなってきなよ」
「先輩もですよ? もうママに五人のお友達が来るって言っちゃいましたし」
「……へ? いやいやさすがにまずくない? 僕男だし」
「でももう来るって言っちゃいました……。仲間外れは悲しいですし」
「え、えー。どうしよう、僕はどうすべき……?」
神崎愛斗がおろおろと周囲を見渡し助け船を求める。
「本人がいいんだったらいいんじゃないの? 愛斗が私たちに変な気を起こさなければいいだけだし。みんなも大丈夫?」
乃愛ちゃんの言葉に俺たちは頷く。
「でも、いったん荷物とか取りに帰るでしょ? どこに集まるの?」
雛乃ちゃんのこの言葉に、蛍ちゃんは一時間後に蛍ちゃんの家の最寄り駅で集まることを提案。俺たちはそれに同意し、部室から出て、各々の家へと向かった。
◇◆◇
このお泊り会イベントは、漫画「花園の主」における序盤の人気エピソードだ。
このエピソードからこの作品の人気が確立されたと言ってもよく、ファンである俺にとっても感慨深いエピソードだ。
俺は荷物の準備を終え、珊瑚ちゃんと共に蛍ちゃんの指定した駅へと向かっていた。
「それにしてもこんなことになるなんてね~。お泊まりなんてすっごい久しぶりだよね」
「そうだね」
珊瑚ちゃんの言葉に俺はうなずく。
実際いつからお泊まりをしていないのかとかは知らないが、珊瑚ちゃんがそう言うのだったらそうなのだろう。
「あ、でも修学旅行とか考えたらそうでもないかな。それにしても、突拍子もなく決まったことだけど、楽しみだよね」
「うん」
こうして時々言葉を交わしつつ歩いていると駅が見えてくる。
「あ、もうみんな来てる! ほら、さくら。私たちも急がないと」
「うん」
駅には既に全員がついており、それを見た珊瑚ちゃんが皆のもとへ走り出す。俺も続いて走る。
「お待たせしました!」
珊瑚ちゃんがそう言って皆の和に合流する。
俺も少し遅れて合流し、膝に手を置き、呼吸を整える。本当にこの体は走りにくい。
「全然待ってないよ、まだ集合時間の五分前だしね」
「それじゃあ皆さん来ましたし案内します」
蛍ちゃんの後に続きみんなで歩き出す。雑談しつつ、五分程たった頃、一つの家の前で蛍ちゃんは立ち止まった。
「着きました!」
そう言って蛍ちゃんが指し示す先には──。
「え、本当にここであってる?」
「でっか……」
超豪邸。蛍ちゃん以外の人たちが各々で感嘆の声を漏らす。
俺は元々漫画で蛍ちゃんの家が豪邸であることを知っていたため、皆より驚きは小さいがそれでもやはり生で見ると迫力が違う。
蛍ちゃんが何やら電話をかけると、大きな門扉が自動的に開いていく。
「さ、入ってください」
蛍ちゃんはそう言って慣れた足踏みで門を潜る。俺たちはそれに続いて恐る恐ると言った雰囲気で足を踏み入れた。
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