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第九話 『高校デビューってやつ?』
「いらっしゃーい。どうぞ、入って入って」
蛍ちゃんが玄関の扉を開けると、若々しい女性が出迎える。確か、蛍ちゃんの母親である白鷺光さんだったはずだ。
その後ろでは使用人のような人たちがアワアワと動き回っている。
俺たちは光さんに挨拶しつつ、辺りをキョロキョロとしながら蛍ちゃんについていき、一つの部屋に通された。
「なんか全く現実感ないんですけど」
雛乃ちゃんがボソッと呟く。隣で珊瑚ちゃんは部屋の中を見回して落ち着かない様子。
乃愛ちゃんと神崎愛斗も驚きで声もでないのか座って固まっている。
「ちょっと待っててくださいね~」
そんな中、蛍ちゃんは一人のんきな声をあげなにかをいじり始める。
すると部屋の天井からスクリーンが降りてきた。
その大きなスクリーンを見て固まっていた二人の肩が震える。
「あ、映りましたぁ」
スクリーンに映像が映し出され、蛍ちゃんは乃愛ちゃんのとなりにちょこんと座る。
ルナ戦の第一話が目の前の大きなスクリーンで流れ出す。
蛍ちゃん以外の皆は最初は落ち着かない様子であったが、一話が終わる頃にはリラックスして純粋にアニメを楽しめるようになっていた。
ちなみに内容は、敗戦によって国を追われた王女ルナが近衛騎士の少年レイクと共に、協力者を集め国を取り戻すために戦うというものだ。
これがかなり面白い。少年向けのバトル漫画としては、少女が主人公というのは、最近は増えてきたとはいえかなり珍しい部類だろう。
しかし、少年漫画として熱く盛り上がれるポイントをしっかりと押さえており、人気な作品であるというのも納得の出来であった。
あっという間に二時間ほど経ち、四話まで見終えた頃、蛍ちゃんの部屋の扉をノックする音が部屋に響く。
「蛍お嬢様。お客人の皆様。お食事の用意が整いました」
「あ、七瀬。すぐ行きます」
七瀬と呼ばれた女性は、蛍ちゃんの言葉を聞いた後お辞儀をして、部屋から出ていく。
「皆さん、お食事の用意ができたようです」
気がつけばもう七時らしい。
俺たちは蛍ちゃんに続いて部屋から出ていき食事を食べるためにダイニングへと向かう。
大きな食卓に並べられた豪華な食事の数々に俺たちは三度言葉を失う。
「さぁ、皆。どうぞ座って座って~」
光さんが陽気な声で俺たちをダイニングテーブルに並べられた椅子へと呼び込む。
俺たちは恐る恐ると言った感じでそれぞれ椅子に座った。
光さんの横に蛍ちゃん、その横に乃愛ちゃん、さらにその横に神崎愛斗。その正面に雛乃ちゃん、その横に俺、そして珊瑚ちゃんと言った感じだ。
「蛍がお友達を家につれてくるなんてこと始めてだから嬉しいなぁ。みんなはコスプレ部の子達なんでしょう?」
「あ、はい。そうです」
食事を始めた頃、光さんからそう声があげられる。それに乃愛ちゃんは頷いた。
「やっぱり! 蛍を誘ってくれてありがとうねぇ。お陰で毎日楽しそうにしてるから。この子、中学まで全然友達いなかったから」
「え、意外です。すごく明るくて社交的な子なので。それにすごくかわいいし」
「それはほら、高校デビューってやつ? よかったら蛍の中学のときの写真見る?」
「ちょっとママ!?」
緊張していた場の空気が緩む。
それからは時々俺たちも話に加わりつつ、食事を楽しんだ。
ちなみに、食後には蛍ちゃんの中学のときの写真も見せてもらった。お下げの髪に眼鏡と芋っぽい感じだが、よく見たらかわいいとわかるような見た目だ。
それからはお風呂へと向かった。豪邸ということもあって、使用人のことも考えてなのか、男女別でそれぞれで湯船が用意されているということで、神崎愛斗とはお風呂の前で別れる。
脱衣所で各々服を脱ぎ始める。お風呂にはいるのだから当然だ。
しかし、なんというか……自分がこの場にいてはいけないような、そんな気分になる。
今の自分の体は女性のものだとしても、俺は男だ。体が桃井さくらのものであったとしてもやはり居づらい。
と、そんなことを考えている間も皆はどんどんと服を脱いでいく。
「どうしたのさくら、ぼーっと突っ立って」
既に下着まで脱ぎ終え、素っ裸となった雛乃ちゃんからそんな質問が飛んできて、慌てて自分の服に手を掛ける。
他の皆は既に脱ぎ終えており、俺のことを待っているかのように全員の視線が集まっている。
そんな状況に熱が出そうなほど恥ずかしくなるもののなんとか脱ぎ終え、みんなで浴場へと向かう。
「広~い! 温泉みたい!」
「一人で入るとちょっと寂しいですけどね。今日は皆さんと入れて嬉しいです!」
「あー、確かに一人だと少し寂しいかも……」
浴場は雛乃ちゃんの言葉通り、露天風呂こそないが旅館の温泉のような広さであった。
まずシャワーを浴びて、そのまま髪の毛や体も洗い、ゆっくりと湯船に浸かる。
「あぁー、気持ちいい」
「ほんと」
雛乃ちゃんの言葉に乃愛ちゃんは頷く。
確かにお風呂は気持ちいい。それでも他に気を遣うところが多すぎて純粋に楽しめていない自分がいる。
それどころか、少し頭がくらくらしてくるような……。
「さくら、顔真っ赤だけど大丈夫……?」
いつの間にか隣にきていた珊瑚ちゃんにそう尋ねられる。
「ほんと、さくらちゃん逆上せちゃったんじゃない? 大丈夫?」
「大丈夫です……。ちょっとぼーっとしちゃうくらいなので」
「全然大丈夫じゃないじゃない! ほら、さくらあがるよ」
「あ、私が一緒に行きます! 皆さんはお客さんなのでまだゆっくりしていてください!」
俺の様子を見て、皆が慌ただしくなる。結果、蛍ちゃんが俺をつれてお風呂から上がることになった。
せっかくの楽しい時間を奪ってしまって、罪悪感を覚える。
「大丈夫ですか、さくらさん」
「うん、もう大丈夫……。ごめんね」
「? なにがですか?」
「だってあんなに嬉しそうにしてたのに、迷惑掛けちゃったから……」
「皆さんが揃ってないと意味ないですから。それにこれからだって何度も楽しめますっ!」
着替えや髪を乾かし終えて、蛍ちゃんの部屋へと向かう途中。
先程までとはうってかわって大分頭がクリアになってきたところで、蛍ちゃんと少し会話をする。
「ありがとう」
「いえいえ、それよりさくらさんとお話する機会はなかなかなかったので、こうして二人きりでお話できて嬉しいです!」
「うん、わ、私も」
「なんだか、さくらさんとは特に仲良くなれると思ってたんです! 波長が合いそう? みたいな。なんででしょう」
「そう?」
「はい! 落ち着いていらっしゃるからでしょうか」
「落ち着いてる訳じゃ、ないんだけど」
そうこうしているうちに、蛍ちゃんの部屋へと辿り着く。扉を開くと、中には既に神崎愛斗が帰ってきていた。
「あれ? 二人だけ?」
「はい、さくらさんが少し逆上せちゃったみたいで」
「そうなのか、大丈夫?」
「はい、もう大分マシになりました」
「ならよかった」
「私、水とってきますね! ちょっと待っててください!」
「うん、ありがとう」
蛍ちゃんが駆け足で部屋から出ていく。俺は神崎愛斗から少しはなれたところに静かに腰を下ろした。
特に話しかけることもなく、黙っていると沈黙に耐えられなくなったのか、神崎愛斗から声がかかる。
「本当に大丈夫か? その、体調とか」
「はい、もうなんの問題もありません」
「そっか」
再び沈黙。しばらくすると、蛍ちゃんが水をもって部屋に戻ってきた。
「どうぞ」
「ありがとう」
蛍ちゃんから水を受け取り、それからは神崎愛斗も含めた三人でしばらく談笑。
十分ほどした頃で珊瑚ちゃん、乃愛ちゃん、雛乃ちゃんの三人も部屋に戻ってきて、アニメ鑑賞が再開された。
〈お知らせ〉
次回から、金曜以外の日に更新していきたいとおもいますので、よろしくお願いします。
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