6人が本棚に入れています
本棚に追加
/5ページ
第1話 彼は最強ゆえに怠惰である
【動画有】
https://youtu.be/o4Ql15gF6EI?si=C-MgiHYzhAyGfosi
世界最強の魔法使いは誰か?という論争が起こるたびに必ず上がる名前がある。
すべてを見通す魔眼、模倣という最強の固有アビリティ、そして1000万とも言われている膨大な魔力。
そんな1つでもチートな能力を3つ併せ持った最強の魔法使いがこの世界には存在する...と言われている。
実際、そんな人間がいるのであれば解決しているであろう事件は山のようにあるのだが、彼が解決したとされている事件はどれも小さいものばかりでだった。
そんなことを揶揄して誰かが彼を【Skive Genius〈サボりがちな天才〉】と名付けたのだった。
◇
この世界に転生してから16年が経った。
元の世界ではそれはまぁ悲惨な人生を歩んで、転生してからもそれはまぁ大変な思いをして、そうして俺はようやくある程度の平穏な日々を送っていたのだが...。
どうやら、神は試練を与えるのが好きらしい。
「こりゃひっでぇなぁ...」
この村には何度か来たことがあった。
特段大きな村ということもなく、観光が有名なわけでもなかったけど、なんだか空気感とか村の人が好きで半年に一回程度訪れていた。
しかし、そこにあったのは俺の知ってる村ではなかった。
青い炎に焼かれた台地だけがそこにあった。
残っている魔力の残滓を確認するまでもなく、それが誰の仕業かは分かった。
「Guliarisu《グリアリス》か」
魔王軍最強の軍隊といわれており、その総力は最強の魔王幹部であるゼクスと同等といわれていた。
俺は燃え広がる炎を氷魔法でまとめて、指をパチンと鳴らす。
すると、ガタガタと崩れている氷。
「...そろそろ動くか」
◇
この世界には人間と魔族が存在している。
それはまぁ、何千年も前から戦い続けて、一度魔族を完全に滅ぼしたものの、イカれた人間が魔族を召喚して、また戦争しての繰り返し。
そうして、現在の戦力の差は、人間勢力3:魔族勢力7といった感じで圧倒的不利を強いられていた。
人間側もなんとか魔族に対抗しようと、魔法学校を設立し、日々研究と研鑽を重ねているわけだが、恐らく人間界最強の5人がかりですら、十傑と呼ばれる魔王幹部を一人倒せるかどうか...というレベルだろう。
まぁ、その人間側に俺は換算していないのだがな。
だって俺一人で魔族も人間も全員相手にしても勝てるほどの圧倒的な力を持っていたから。
いや、持っていたのでなく、手に入れたのだが。
文字通り血の滲むほどの努力で。
そうして、バランサーとして均衡を保っていたわけだが...、俺はいよいよ本格的に動き始めることにしたのだった。
◇
「超級魔法:fête de la mort!!」と、膨大な魔力を消費して魔法を発動させる。
黄色い炎がやつに襲い掛かる。
超級魔法はこの世界で最も強い魔法と言われており、超級魔法には超級魔法でしか対抗できず、人間で使えるのはたったの5人だけだ。
そして、おそらくやつはその5人の中にはいない...。
しかし、やつは魔法を唱えるわけでもなくただ棒立ちしていた。
そして、やつにぶつかるその瞬間、とてつもない爆音と爆風、そして大量の煙りが発生する。
「...やったか?」と俺はつぶやく。
かなりの魔力を消費してしまったため、思わず片膝をつきながら肩で息をする。
しかし、その煙の奥にやつのシルエットが見える。
「...弱すぎる」と、煙を邪魔そうに払いながらやつはつぶやく。
「...強すぎる」と、魔王最強幹部と言われている私は膝をつく。
白い仮面から覗かせる赤黒い魔眼、超級魔法をあっさり防ぐほどの魔法コントロール、そして魔力感知など行わなくても分かるほどの膨大な魔力量...。
「...その仮面...やはりお前があのSkive Genius...か」
「正解」
ここにくる道中、最強の軍隊と呼ばれている『Guliarisu《グリアリス》』を壊滅させたのはこいつで間違いない。
勝ち目は...ないか。
「はぁ...最強なんていうからどんなもんかと期待してたのに...。あの軍隊といい...大技をブッパするだけとか、拍子抜けもいいとこなんだが?」
「何故、俺の超級魔法が止められた...。お前は...一体何者なんだ」
「...お前ら...というより俺以外の全員、魔法について勘違いしていることがある。魔法で一番大切なのは魔力総量でもなければ、超級魔法が使えるかどうかでもない。最も大切なのは手数だ。例えば中級魔法である氷魔法を使うより、初級魔法の水と氷結を同時に使う方がコスパがいいんだよ。更に言うと元素魔法を使うとほぼノーコストで中級魔法が使えたり...まぁ、これは魔力構成がむずすぎて俺もあんまり使わないんだが...、それにしたって他の奴は工夫が足りなさすぎると思うんだよ」
詠唱破棄した魔法では本来の魔法の二分の一程度しか発揮できない。
「...俺の超級魔法が打ち消されたのもそういうことなのか」
「そゆこと。塩を混ぜると氷は溶けにくくなるからな。それで?どうする?まだやる?」
「...殺せ」
「覚悟はできてるってことか」
「どうやら...魔の時代は終わったようだな」
「あー...なんか勘違いしてるな」
「...どういうことだ?」
「お前は魔族がいない世界って人間にとって幸せな世界だと思うか?」
「...それはそうだろう。人間しかいないのであれば争う相手もいない。それは人間にとって幸せでしかないだろう」
「それが違うんだな。魔族のいなくなった世界で起こるのは人間同士の殺し合いだ。人間ってどこまで行ってもエゴな生き物だからな。そうやって人間同士が戦った結果、どこかの国が魔族を召喚し、そうして歴史はまた繰り返すことになる。だから俺がしようとしているのは殲滅ではなく、お互いが笑いながら生きていけるそんな世界だ」
「...できると思っているのか?そんなこと...」
「できないとは思ってない。けど、そのためには協力者が必要なわけ」
「...協力者だと?」
「あぁ。だから選べ。今ここで死ぬか、それとも俺と共に理想郷を描くか」と、言いながら俺は白い仮面を取った。
「...お前は...」
◇
あれから1週間後の現在、魔王が住むとされている城に来ていた。
「ぎぃぃ」と古びた入口の扉を開けるが、魔族達が襲ってくる気配はない。
いや、それどころかまるで客人を招くように、魔族どもが膝をついて頭を下げていた。
「...オマチシテマシタ。マオウサマハウエニイマス」と、甲冑を被った魔王幹部らしきやつがそう告げた。
なるほど。
どうやらこちらの意図はある程度伝わってるようだな。
そうして案内されるがまま、螺旋階段を上る。
周りには魔族たちがみんなひれ伏したような格好で俺を迎いいれるだった。
階段が行き着いた先に一つの部屋。
恐らく魔王の部屋と思われる大きな扉に到着した。
扉に触れると簡単に開いた。
そこには大きな椅子に座り、頬杖をつきながらこちらを見つめる魔王、そしてその横には恐らく次期魔王候補と見受けられる、魔王の娘が立っていた。
噂には聞いていたが本当にいたんだな...娘。
ここまでの道中、一切苦戦を強いられることのなかった俺も、魔王と魔王の娘というこの2対1という状況に流石に冷や汗をかかざるを得なかった。
さぁ...やろうじゃないか...魔王...。
心の底ではこういうヒリヒリしたバトルを期待していたんだ。
ゆっくりとポケットから手を出して、魔力制限が付与されている仮面を外し、全身に魔力を込める。
そうして、一歩一歩前に進むと、なんだか様子がおかしいことに気づく。
魔王と魔王の娘の額にはとんでもない量の汗が流れていた。
それにどちらも俺が間合いに入っているのに、一切迎撃の体制をとらない。
どういうつもりだ?と思っていると、魔王は「...降参だ」と呟くのだった。
「...」
「お前...強すぎなんじゃ!」と、勢いよく頭を地面に擦り付ける。
「頼む!命だけは...どうか命だけは助けてくれ!何でもいうことを聞く!儂の娘もやる!だから...!」
「...はぁ!?何言ってるのお父様!!」と、魔王の娘がブチギレる。
「馬鹿野郎!儂が生き残るにはもうこれしかないのだ!」
「...はぁ...興醒めだな」
「...見逃してくれるのか?」
「元から殺す気はないっての。...んじゃ、まぁ交渉と行こうじゃないか」
最初のコメントを投稿しよう!