序章 荒ぶる獣たちは、まだ愛を知らない。

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 ミリアには、妹が一人いた。  クリスティア・ウィリアム。  まごうことなき社交界の花。  金色の糸のような美しい髪に、薔薇色の頬をした少女。  両親は、この美しい娘を愛していた。  ミリアには、決して与えられることのなかった愛情を注ぎ込んだ。  ミリアは、いつしかこの3歳年の離れた妹のことに複雑な思いを抱くようになっていた。  ミリアは、わがままで明るくて他人から好かれるこの妹が苦手だ。  まるで眩しい光のように輝くクリスティア。  猫の目のようにくるくると変わる表情をした妹をかわいいと思うこともあった。  それと同じように羨ましいとも思っていた。  自分にはないものを持つ妹。  日の光のような妹。  回りの全ての人から愛されずにはいられない妹が、ミリアは、羨ましかった。  いつも守られている。  自分のように自ら戦うことなどない存在。  金のことなど考えたこともないだろう妹が恨めしかった。  そして、両親は、ミリアには通わせることもなかった王立の魔法学園にクリスティアだけは通わせていた。  本来なら全ての貴族の子女が通うはずの学園だったが両親は、ミリアには通わせてはいない。  いわくミリアには、教育は必要ないとのことだった。  すでに冒険者として名を馳せているミリアに学園で学ぶべきことなどない、というのが両親の考えだった。  ミリアには、普段着のドレスすらも与えられることがなかった。  クリスティアのためには王都で一番の仕立て屋に素晴らしいドレスを作らせる両親だったがミリアには一枚だって与えることはない。  ミリアは、いつも使用人が着るような木綿のワンピースを身に付けていた。  色も黒や灰色のものが多い。  長い黒髪と合間ってミリアは、陰気な印象の隠された令嬢と呼ばれていた。  だが、どんな地味な服でもミリアの鍛えられた冒険者の肉体は隠しきれない。  無駄のないスレンダーな肢体は、クリスティアですら嫉妬するぐらい美しかった。  ミリアは、珍しい黒髪もあって冒険者たちの間では、『黒姫』と呼ばれていた。  ミリアは、冒険者たちが好きだった。  なぜなら実力主義の彼らは、ミリアを決して醜いなどと忌避しなかったから。  魔物の溢れる山野においては、ミリアは、『黒姫』として畏怖されているのだった。  
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