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第1章 獣は抗う
光の女神を信仰する神殿でミリアは、生け贄の儀式までの数日を過ごした。
飾り気もない小さな部屋で窓もない。
その部屋でミリアは、ひたすら己の肉体を痛め付けるかのように体を動かし続けていた。
剣を持ち込むことができなかったので空想の剣を振り続ける。
それは、邪神との戦いをイメージしながらのものだった。
ミリアは、生まれながらの戦士だ。
例え相手が邪神であろうとも戦うことなく命を捨てる気は全くない。
時おり隣の部屋から女の鳴き声のようなものが聞こえてミリアは、手を止める。
同じ運命の少女がここには、あと二人いるのだ。
この時になってまだ泣き叫んでいるのか。
ミリアは、珍しく侮蔑の気持ちを持っていた。
泣くほど命が惜しければ抗えばいい。
それもせずにただ泣きわめいているなんて愚の骨頂だ。
生け贄の儀式の前日。
白い長衣を着た神官が祈りを捧げるためにミリアのもとを訪れた。
「何か欲しいものはありませんか?」
問われてミリアは、即答した。
「剣。それと武具の類いを」
この黒い瞳を輝かせた少女が邪神と戦う気であることを察した神官の表情が青ざめる。
だが、それもほんの一瞬のこと。
神官は、小さく頷くとミリアのもとを去った。
それからしばらくして神官が戻ってきた。
彼は、手に黒い鞘に収まった一振の剣を捧げ持っていた。
神官は、ミリアの前で膝を折るとその剣を彼女の手に渡す。
「これは、この神殿に継承されてきた女神の祝福を受けた宝剣です」
剣を手に取った瞬間、ミリアは、絶望していた。
これは、剣ではない。
剣を抜いてみるとその刃は潰されている。
あきらかにお飾りの剣。
これでは戦えない。
ミリアは、歯噛みした。
「神官殿、私が欲しいのは本物の剣です」
ミリアは、神官を睨んだ。
「たとえ名剣でなくとも戦える剣を与えて欲しい」
ミリアの言葉をきいて神官は、目を細める。
「だからこそのその剣でございます」
「刃を潰した剣など」
「その剣は」
神官が語気を強める。
「光の女神ラウリアが祝福した勇者の剣です。それ以上にあなた様に相応しい剣はございません」
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