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その男とミリアは、黙して見つめあっていた。
誰も二人の間には入り込めないほどに二人は近かった。
「なぜ?」
男はミリアに問うた。
ミリアは、その問いに小首を傾げる。
なぜ?
ミリアは、自分に問いかけた。
なぜ、私は、この男を殺す?
だが、答えはなかった。
強いて言うなら生き延びるためか。
この男は、私を殺す。
だから、私は、この男を殺す。
「お前は、邪神だ。そして、私を食らうつもりだろう。だから」
ミリアは、にぃっと笑った。
「私がお前を殺す」
そうか、と男は小さく呟くとミリアを見た。
「ならば」
仕方あるまい。
そう、男は言うとミリアに手を伸ばした。
ミリアは、すっと体を沈ませ手をかわすと地を蹴った。
銀色の短剣が煌めく。
ミリアの体が男の胸元へとぶつかる。
男は、ミリアを抱き締めた。
ミリアは、ふっと奇妙な感覚を覚えた。
両親にすら抱かれたことがない。
そんな自分が今、この得たいの知れない男の胸に抱かれている。
ミリアは、男の腹に突き立てた短剣をぐりゅっと抉ると男の腕から逃れようと体を捻った。
男は、笑っていた。
その横顔は、壮絶に美しくミリアは、思わず動きを止める。
その瞬間。
ミリアの体が長くて固い何かに打ち飛ばされた。
ミリアは、こらえきれずに地上に投げ落とされた。
体の全面を痛みが襲い、息が詰まるのを感じる。
ミリアは、咳き込むとぺっと血を吐き捨て立ち上がろうとした。
だが、ミリアに男が覆い被さる。
両手を地面に縫い付けミリアの顔を覗き込んだ。
「私の体に傷をつけたか。本当に面白い女だ」
「くっ!」
ミリアは、男の青い瞳を間近に覗き込みながら逃れようと足をバタつかせるが男の体は身じろぎもしない。
ふと気付くと男の腹部から血が滴るのが見えた。
常人ならとっくに倒れているに違いない。
やはり、邪神と呼ばれるだけのことはある。
しかし、男に押さえつけられたミリアは、身動きがとれずにいた。
どうする?
ミリアが目を閉じる。
ここまで、か。
そのとき、何かが空を斬る音がして男が怯んだ。
ミリアは、すかさず男の体の下から逃れた。
男が振り向いた先には、震える腕で女神の剣を構える少女の姿があった。
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