第1章 獣は抗う

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 その赤毛の少女は、黒い鞘のまま剣を振りかぶりなおも邪神と呼ばれる男に殴りかかる。  倒れるのではないかと思われるほど青ざめ目は、つり上がっている。  「お前のせいだ!」  少女は、女神の剣で邪神を殴りながら叫んだ。  「全部、お前のせいだ!」  邪神は、なぜか、少女に殴られるままになっていた。  ミリアは、初めて邪神の姿をはっきりと認識した。  引き締まった体を薄汚れた白いぼろ布を羽織って隠している。  それでもわかるほど邪神の体は、美しかった。  ミリアは、冒険者をしていたが徒党を組むことがない。  それゆえに男の体を見るのは初めてだった。  美しい。  ミリアは、思わずみいっていた。  こんなにも美しい男がいるなんて。  邪神の体がぴくりと動きミリアは、はっと我に返る。  邪神は、自分を殴り続けている少女の細い腕をつかんだ。  少女がひっと声を漏らして目を強く閉じる。  取り落とされた女神の剣を見て邪神が呟いた。  「女神の剣、か」  男は、怯えきっている少女を引き寄せると訊ねた。  「なぜ、それで私を斬らない?」  ミリアは、少女をつかみ寄せる男の腕に短剣で斬りつけた。  だが、見えない障壁に阻まれ刃は届かない。  後ろに飛び退いたミリアの視野に女神の剣が入る。  男は、なぜ、その剣で自分を斬らないのか、と言った。  ミリアは、剣に飛び付いた。  一瞬、遅れて長い鞭のようにしなるものが剣を弾こうとした。  それは、邪神の尾だった。  邪神の背から腰にかけて薄い青色の鱗が見え、それに続くように尾がはえていた。  ミリアは、尾の届かない場所に逃れると女神の剣を抜く。  相変わらずのなまくら。  こんなもので敵が斬れるわけはない。  それでも。  ミリアは、剣を構えると駆け出した。  鋭い気勢に男が振り向く。  ミリアは、飛んだ。  上段から男の額を斬る。  邪神がぐぅっと呻いて体を崩した。  なおも斬りつけた刃を押し通そうとするミリアを見上げて男は腕を伸ばした。  手放された少女がその場に倒れ込む。  ミリアは、剣を押しながら引き抜く。  邪神の額が割れ血が吹き出す。  流れる血を滴らせながら邪神はミリアに向かって嗤った。  「面白い」
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