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「…あかん。どうにも緊張っちゅーか…落ち着かん。」
京都タワーの下で、ソワソワと腕時計を見ながら人待ちをする藤次。
今日は、絢音に告白してから1週間経った日曜日。
ダメもとで金曜日の夜に、2人で桜でも見に行かないかと電話してみたら、日曜日なら良いと言われたので、待ち合わせ場所と時間を決めた…いわゆる恋人同士になって初めてのデートである。
女とデートなんて、今までいくらでもしてきたのに、久しぶりだからなのか、それとも相手が絢音だからなのか、とにかく緊張して、約束の時間より2時間も早く来てしまった。
「花でも買おうかな…いや、でも桜見に行くんやし…せやけど、手ぶらはなんかカッコつかへんか?」
ブツブツとそんな事を口にしていたら、目の前にカナベルがあったので、スイーツ…お花見のつまみになるようなものでもと、店に入りショーケースを覗き込む。
「生菓子はあかんよな。なら、焼き菓子…マカロンにマドレーヌにクッキー…和菓子言う手もあるか…」
そうして店内を見て回ってたら、季節限定と書かれたポップの下に並べられた苺大福が目に飛び込む。
「…確か、好物苺やて言うてたな…」
これならきっと、喜んでもらえる。
そう期待に胸を膨らませ、会計を済ませ商品を手に店を出ると、丁度待ち合わせ時間5分前になったので、いよいよ藤次の緊張は最高潮になる。
「棗…さん?」
「はい?!」
不意に背後から名前を呼ばれ瞬き振り返ると、そこには白色のワンピース姿の絢音が立っていた。
「ああ良かった。会うのいつもスーツ姿だったから、私服…見るの初めてだから、間違えてたらどうしようって思っちゃいました。」
「ああ。せやったっけ。読み聞かせ会にもスーツで行ってたもんな。食事なんかも平日の夜やったし、なんのかんので日曜こうして会うの…初めてやな。なあ、おかしない?服。ワシ…こういう身につけるモンとんと疎うて…」
そう言って照れ臭そうに頬を掻くと、絢音は僅かに頬を染めて口を開く。
「そんな事ないですよ。白のVネックのシャツにジーンズ。すごく似合ってます。…それに…」
「それに?」
問う藤次に、絢音は顔を真っ赤にして俯く。
「アタシも白だから、なんだかペアルックみたいで、ちょっと気恥ずかしい…です。」
「あっ…」
忽ち赤くなる藤次。何気なく…店員に勧められて買った服がこんなトキメキを与えてくれるとは夢にも思わず、互いに俯き赤くなっていると、沈黙が苦しくて藤次が先に口を開く。
「ほんなら、行こか。祇園さん…八坂神社の枝垂れ桜…綺麗やで?」
「ハイ…」
そうして2人は肩を並べて歩き始める。が、幾らか歩き進んでいたら、やおら絢音が口を開く。
「……あの……こういうの女から言うの、はしたないでしょうか…」
「ん?なんや。歩くの早かったか?ならもうちょいゆっくり…」
「いえ、その…そうじゃなくて…」
「なんや?遠慮せんと言い?…あ!ひょっとしてトイレか?!ほんならそこのコンビニ…」
「違います。あの…その…腕…」
「腕?」
問う藤次に、絢音はポツリと続きを口にする。
「腕…組んでも良いですか?折角、お付き合いしてるんだし、そういう事、してみたいなって…」
「あ…ああ。なんや…そないな事、一々聞かんでええて。ワシこそごめんな?気ぃつかへんで。」
「いえ…じゃあ…」
「う、うん…」
そうして絢音の細い腕が絡みついて来て、距離がグッと近くなり、仄かに香ってきたシャンプーか香水なのか、桜を彷彿とさせる香りに、藤次の心臓はドキドキと高鳴る。
「(しっかりせえ。男やろ!ちゃんとリードしたれ!)」
心の中でそう自分を叱咤し、歩調を合わせて歩き進んでいく。
そうして公共交通機関等を利用してやってきたのは、府内の人間に「祇園さん」と呼ばれ親しまれている八坂神社。
厄除け・縁結びの神様が祀られており、全国の祇園社の総本社。
神社からすこし歩くとSNS映えのスポットもあり、美容水もあることで有名である。
花見という事もあってか、境内には屋台もたくさんでていて、ちらほらだが外国人もいた。
着物姿で楽しむカップルもいて、自分達もあれくらい雰囲気を出せば良かったなと、心の中で後悔していると、絢音があっと声を上げる。
「どないした?」
「あ、その…いちご飴売ってるなって、美味しそうだなぁ〜って。」
「ああなんや。ほんなら買うたるわ。…せや、これも、プレゼント。カナベル言う菓子屋の苺大福。」
思い出したように、手にしていた紙袋を差し出すと、絢音は目を丸くする。
「なんで、分かったんですか?アタシが、そこの店の苺大福…って言うかスイーツ、大好きだって…」
「えっ?!そ、そうなんか?!ワシも、菓子屋言うたらガキの頃からカナベルやったから、味確かやて自信持てたから選んだんやけど…」
「そうなんですか?…じゃあ、バレンタインはここの限定アソートボックスにしますね?…密かに、夢だったんです。京都に来て、普通の若い女の子みたいに、あの店のイベントや季節限定アイテム買って、お付き合いしてる人に贈れたらなぁって…子供っぽくてごめんなさい。」
「い、いや…そんなん、めっちゃ可愛い。…せや!バレンタインなんて遠すぎて待ちきれん!ワシ、来月誕生日やねん。17日。せやから、くれんか?チョコレート。アルコールの入った彩華(さいか)シリーズ…あれ大好物なんや!な?!」
我ながらがっつきすぎだと、若干言ったことを後悔したが、絢音が恥ずかしそうに、しかし嬉しそうに頬を染めてハイと頷いてくれたので、嬉しくて嬉しくて、人目も憚らず彼女を抱き締める。
「なっ、棗さん?!」
「ごめん…嬉しすぎて…暫く、こうさせて?」
「で、でも、見てる…」
「かまへん。京都中に見せたったれ。ワシらがどんだけ想いあっとるか……好きや。」
「あ………」
忽ち耳が赤く染まって行くので、軽くそこにキスをして、抱き締めていた腕を解く。
「…やっぱり、2人きりで静かに桜見たいわ。少し歩いてまうけど、あそこ行こ?ワシらの思い出の…あの公園。」
「棗さん…」
*
そうしてやって来たのは、花藤病院近くにある小さな公園。
園内は桜の木で満たされ、花がひらひらと舞い、絶好のお花見スポットなのに、人気はまばらで、自分達のようなカップルと、子連れの夫婦の2組しかいなかった。
園内に入り、思い出の席…2人で涙を流して想いを確かめ合ったベンチに座り、そっと身を寄せ合い、手を握り締めて、揺らめく桜を仲良く見つめていたら、不意に藤次が口を開く。
「なあ、写真…撮らへん?」
「えっ?!」
瞬く絢音の眼前に、藤次はスマホを取り出して見せる。
「まずは2人で。ほんで次は…絢音だけ。君の笑顔の写真、ワシ欲しいねん。待ち受けにして、会えへん時はそれ見て心慰めたい。」
「い、嫌ですよ。そんな、写真だなんて…」
「まあまあ、折角…ちゃんと付き合ってから初めてのデートなんやから、ええやろ?一枚くらい。宝物にしたいんや。」
「でも、私…笑うの苦手だから…」
そう言って俯く絢音に、なんとか笑って欲しくて、笑顔が見たくて、知恵を巡らせていた時だった。
藤次の頭上に、サラリと桜の枝が靡いたのは。
「せやったらホラ、これ…」
「えっ?!」
ただ笑って欲しい。その一心で、戸惑う彼女の眼前で、藤次は目の前の桜の枝を手折り、絢音に贈る。
「やだ…怒られますよ?」
そう言いながらも花を受け取った絢音のその瞬間の表情を、藤次はカシャリと、小さな電子音と共に、スマホに封じ込める。
「…なんや。できるやん。可愛い笑顔。」
「え?」
不思議そうに首を捻る彼女に、藤次は自分のスマホの中で嬉しそうに微笑む絢音の姿を見せる。
「や、やだ!恥ずかしい!消して下さい!!」
「いーやーや。…ホラッ!もう待ち受けに設定したった。これで24時間、ずっと一緒や!嬉しなぁ〜」
そう言ってホクホク顔を浮かべる藤次に、絢音はムウっと頬を膨らませる。
「ずるいです!棗さんだけ!ア、アタシだって、ほ、欲しいです!写真!!」
「よっしゃ!ほんなら次は、絢音のスマホで2人で撮ろ?…ああもう!1枚2枚なんてケチくさい!ぎょうさん撮ろ?!思い出作ろ?!」
「…ハイ!!」
そうして、時間の許す限り2人で京都中を回り、さまざまな場所でシャッターを切り、夕飯を食べて別れの時間を迎える頃には、それまで真っ白だった絢音の写真フォルダには、30枚以上の藤次との幸せな思い出が刻まれ、彼女はそれを嬉しそうに胸に抱いて、絢音は駅に、藤次はタクシーに乗って、互いに初めてのデートの余韻に浸りながら、花咲き乱れる華やかな京の夜道を、帰って行った。
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