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* * *
「雑誌の文字、良く見えますでしょうか?」
「ええ、はっきりと見えます」
その声にハッとして、私は顔を起こした。キョロキョロと周囲を観察する。
私はまだ、眼鏡屋にいた。
なんで、なんで?
椅子に腰かけ、両手で雑誌を開いている雅人の頭には、いつもの眼鏡が掛かっていた。
「お客様、よほどその眼鏡がお気に入りなのですね。古い眼鏡を残されるなんて」
「『処分』って言葉を聞いて、急に離れがたく思ったんです。理由はわかりません」
「ご不便はないでしょうか?」
「さすがに、カタカタと震えると不便なので、ジョギングの時にはコンタクトレンズにします。家にいるときは古い眼鏡で問題なく過ごせそうです。レンズを変えて頂いたので、パソコン作業が、はかどりそうです」
雅人は、照れたように可愛らしい笑顔を作った。寂しそうな笑顔ではない。
「コンタクトレンズは、後日、郵送にてお届けします」
雅人は立ち上がり、頭を下げてから店の出口へと向かった。
「さあ、帰ろう。晩御飯、何にしようかな?」
私はいつものように、慌てて雅人の背中を追いかけた。
そして、ハイハイと叫びながら、右手を上げて飛び跳ねた。
「ハンバーグがいい! 雅人が美味しそうに食べるところ、見たいから!」
(了)
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