誘う指先

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 数日後、診察室に男性が訪れた。 「今日はどうされましたか?」  初診の患者のようだ。僕は問診票に目を落とした。 「小川さん、ですか」  男性は驚いたように息を飲んだ。 「私を覚えてないんですか?」  顔を上げて男性の顔を見た。初めて見る顔だ。どこにでも有りそうなごく普通の顔をしている。 「前に診察に来られた事がありましたか? 記録はないようですが」  男性は大きく開いた目を更に開き、僕の目を凝視した。 「先生は目が悪いんですか?」  視力はいたって普通だ。眼鏡も必要ない。何を言い出すのだろうか。  男性は呆れたように頭を掻いた。 「あっ」  その手には覚えがある。ガサガサで火傷の跡のある手。 「小川さん、でしたか」  清美さんの旦那さんだ。間違いない。何をしに来たのだろうか。逮捕された仕返しに来たのだろうか。僕は白衣のポケットにスマホが入っているのを確認した。何かあったらすぐに110番してやる。 「思い出してくれましたか。あの時はお恥ずかしい所を見られてしまいました」 「……それで、今日はどうして?」  小川さんは眉間にシワを寄せ拳を握りしめた。僕は白衣のポケットに手を入れた。 「妻をもう一度診察して欲しいんです」 「は?」 「妻の手が震えるんです」  何を言い出すのだろうか。清美さんの手が震える原因はお前だろう。 「奥さんは育児ノイローゼだと思われます。診察しましたが脳の病気ではなさそうでした。なので旦那さんがもっと穏やかになって育児に協力してあげれば治まるはずです」  怒鳴りつけたい気持ちを理性で無理矢理抑えつけた。本当は殴ってやりたいくらいだ。
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