誘う指先

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「あの、もう離してもらってもいいですか?」 「あ……手の診察は終わりました。異常はありません」  離すのさえ惜しい。しかしそれを悟られるわけにはいかない。僕は素っ気なく手を離した。しかしまだ余韻は残っている。 「旦那さんは育児を手伝ってくれますか?」 「いえ、全く。怒ってばかりです。私もどうしていいのか分からなくて」 「なるほど」  夫は全く協力的ではない上に冷たい。これは育児ノイローゼを悪化させる典型的なパターンだ。 「旦那さんと話をして、なるべく育児に協力してもらうようにしてください」 「それは、無理です」 「ひとりで育児は無理です。旦那さんだって親なんですから協力する義務はあります」 「私に言われても……」  僕に言われても、だ。僕はただの内科医。セラピストでもなければベビーシッターでもない。 「いわゆる育児ノイローゼだと思われます。出産後はホルモンバランスが崩れるので、誰にでも起こりうる症状です。周囲の協力が不可欠ですが、小川さんの場合はそれも難しそうですね。実家のお母さんに来てもらうとか、しばらく実家に戻るとかはできますか?」 「実家には兄夫婦がいて、母も孫の面倒をみているので無理です」 「そうですか」  清美さんは膝の上で手を握りしめていた。力を入れて握りしめている部分が薔薇色に染まっている。美しい。
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