誘う指先

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「でしたら無理せずに、手の抜けるところは抜いてやってみてください。赤ちゃんもいつまでも赤ちゃんじゃないです。大変なのは今だけですから何とか乗り切ってください」 「はい……あの、本当に脳の異常ではないんですか?」 「そう思いますが、他に気になる症状でも?」 「いえ。ただ、そうだったら良かったのにと思って」 「え?」 「もし病気だったら、夫も少しは私の事を心配してくれたでしょうに」  清美さんはふうとため息をつき、握っていた両手をほどいた。すうっと伸びた指の先端がしなやかに反った。そのカーブを見つめていると引き込まれそうでめまいがした。僕は慌てて指から目をそらし、パソコンに向かった。 「気になる事があったらまた来てください。お大事に」 「ありがとうございました」  ドアの閉まる音がした。彼女は出て行ったのだろう。しかし僕の頭の中では清美さんの指が蠢いていた。白い指が僕の体にまとわりつき這い回る。僕の髪を撫で上げ脇腹をくすぐる。その指は胸を這い上がり口にねじり込んで来たーー。 「先生、お薬はいいんですか?」  突然受付の事務員が診察室に入ってきた。僕の周りから指は消え去った。 「ノックくらいしてください」 「あら、しましたよ」  事務員は50過ぎの中年太りした女性だ。カルテを持つその指は節くれ立ってゴツゴツしている。手の甲にはシミもあり醜悪だ。一気に現実に引き戻されてしまった。
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