誘う指先

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「薬はいりません」 「じゃあ診察料だけいただいておきますね。あの方、来た時はとても暗かったのに、診察を終えたら目に光が戻ってました。さすが先生。年も同じくらいですし、これを切っ掛けに仲良くなれたらいいですね」 「僕は患者と仲良くなる趣味はありません」 「あらまあ。お綺麗な方だったのに」 「彼女は育児ノイローゼです。赤ちゃんも旦那さんもいます」 「それは残念」  喋るだけ喋って事務員は出て行った。お喋り好きな中年女性は鬱陶しい。何かというと結婚させたがる。余計なお世話だ。僕は結婚には興味はない。  綺麗な顔をしていたのか。手しか見ていなかったから顔なんて覚えていない。  でもあの手の持ち主だ。手のように顔も白いのだろうか。全身の肌も滑らかなのだろうか。  今度診察に来たら見てみよう。まあ来ないだろう。彼女が行くとしたら心療内科だ。僕には心の病は治せない。万が一脳に異常があっても個人病院には治すほどの設備は整っていない。  もう来ないだろう。でもあの手にもう一度触れてみたい。堪能してみたいーー。 「手が……」  患者が僕の目の前に手を差し出した。その形には見覚えがある。毎晩夢に見ていたあの手だ。清美さんの手だ。  しかし前回とは全く違っていた。手の甲に青あざが出来ていた。指に傷があった。爪が剥がれていた。僕は思わず手を握りしめた。 「いっ……!」  清美さんは小さな悲鳴をあげた。
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