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「どうしたんですか……酷い」
顔を上げて初めて清美さんの顔を見た。事務員が言った通り切れ長の目にすうっと通った鼻筋。白い肌に相応しい濡れたような桃色の唇。美しかった。しかしその目の周りは青く変色していた。頬は赤く腫れ上がっていた。
「旦那さんに?」
瞳を潤ませ、清美さんは俯いた。
「とにかく手当をしましょう」
爪を保護し、手に薬を塗り込んだ。丁寧に、何度も。何て事をしてくれたのだ。傷跡が残ったらどうするのだ。形の良い爪が変形してしまう恐れもある。とんでもない事をしたものだ。旦那さんへの怒りがふつふつと湧き上がってきた。
「今までもこんな事が?」
「時々……ただ娘の事を思うと不安で……」
清美さんに手をあげるとは、何という愚かな男だろうか。清美さんの価値をまるで分かっていない。こんな手の持ち主はそうはいない。もっと大切に扱うべきだ。最低の人間だ。
「そうですね、娘さんに何かあってからじゃ遅い。早いうちに別れないと大変な事になるかもしれません」
「別れる? でもまだ娘は小さいです」
「今のままじゃ娘さんも不幸だ。そんな家庭で子どもを育てるべきではありません」
「確かにそうでしょうね」
「実家が無理なら女性用のシェルターもあります。僕が診断書を書きます。接近禁止命令を出してもらいましょう」
僕の言葉に清美さんは手を握りしめ、そして痛かったのか慌てて手を広げた。まるで牡丹が花開くようだった。
「……もう少し、様子をみてみます」
「でも次はもっと酷い事になるかもしれませんよ」
「そうしたら、次は診断書をお願いします」
「……そうですか」
清美さんは深々とお辞儀をして診察室を出て行った。揃えた指先の包帯が痛々しかった。
医者と言えども、他人の家庭の事に口出しするわけにはいかない。本人が決めたのなら受け入れるしかない。
いや、そうだろうか。医は仁術。人命を救う博愛の道だ。人命を救う以上に大切な事なんてこの世にはない。
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