誘う指先

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「先生、このまま帰してもよろしいんですか? かなりの怪我をされてました」  事務員が心配そうな顔をして入って来た。 「分かっている。でも本人が様子をみると言うんだ。僕が警察に通報しても本人が違うと言えばそれまでだ」 「でも証拠は揃ってますよね。医者からの通報だったら警察も動かざるを得ません」 「……そうか、そうだったな」  たまには気の利いた事をいう。そうだった。今僕の目の前にはカルテがある。怪我の状況や本人が話した言葉も書き留めてある。  本人が望もうが望むまいがそんな事はどうでも良い。きっと清美さん自身も自分の価値に気付いていないのだ。気付いていたらもっと自分を大切にするはずだ。  僕が守らなければならない。清美さんの手の価値を一番に理解している僕が守らなければ。  清美さんの手はこの世を照らす光だ。世界で唯一の宝石だ。誰もが望み、しかし誰も手に入れる事のできない秘宝中の秘宝。どんな花よりも可憐でどんな星よりも眩しい。どんな美酒よりも酔わせてくれる。  いっときたりとも忘れた事はない。瞼に焼き付いて離れない。あの感触を思い出しただけで身震いする。一瞬で僕を虜にしてしまったあの手。もう、何者にも傷つけさせるわけにはいかない。  僕はスマホを手に取り、緊急通報ボタンを押した。
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