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「それじゃあ行ってくるッス〜」
「二度と帰ってくるなよ」
「検討の検討だけしとくッス」
黒を基調としたスーツを着てカエデは空へと飛んでいった。バイトの内容は知らないが、馬鹿なカエデでも出来るような簡単な仕事だろう。様々な疑問は思考の端に投げて、家の掃除を始める。ロボット掃除機では届かないテレビの配線の裏側や、部屋の四隅を重点的に。
「コイツは本当に……」
ゴミ箱に捨てられていないスナック菓子の袋と爪切り後のティッシュが机の上に無造作に投げ出されていて、気持ちが落ち込む。帰ってきたらカエデには道徳とやらを教えてやる必要がある。
日課の素振りは終えていたので暇潰しにキノコ採集でもしようかと玄関へ降りる。今日の食材の調達は一応カエデにも頼んではいるが、忘れているとも限らない。頼り切りになるのもプライドが許さない。せめて献立に並べられるような物は一通り調達しておきたい。
欠伸をしながら扉を開けると、日本刀が飛んできた。
「……しっ!」
寸前で躱して臨戦態勢に入る。
目に飛び込んで来たのは本性を顕した天狗のカエデ、では無く五十年ぶりの腑抜けた面だった。
「おー、鈍ってないなあ。感心感心!」
「……シガンか?」
黄金色の髪を一つ括りにして緑色の眼帯を身につけた奴。そんな奴を俺は一人しか知らない。長らく俺のビジネスパートナーを務めていた、シガン以外には当てはまらない特徴だ。
「突然の訪問ならせめて行儀くらいは守って欲しいが」
「行儀〜? 腹の足しにでもなるのかい、そいつは?」
扉に深く刺さった日本刀を抜いてやり、投擲してやる。シガンは飄々とした顔で刀を受け取って鞘に差し込んだ。仰々しい紺色の袴を着て、全ての生物を小馬鹿にする態度を崩さない。間違いなく俺が知っているシガンそのものだった。
朝日が木々の隙間から漏れ出して、反射した光がシガンの顔を半分隠している。夥しい傷跡が鎖骨周りや首筋に浮かび上がっている。俺はシガン以上に好戦的な奴を知らない。殺し合いに生き、殺し合いに死ぬ、龍の中でも飛び抜けたイカレ野郎だ。
「そう警戒すんなって。お前には何もしねえよ。永く協力した中じゃねえか」
「龍は群れないし俺はお前を認めてない。話は終わりだ。失せろ」
「俺は龍涙の話がしたいだけだ。お前も少しくらいは情報が欲しいだろ。なあ兄弟」
シガンは刀を地面に置くと、腕を力なく上げて戦闘の意志など無いと示している。この距離なら首を掻き切れるが、龍同士の戦いは泥沼化しやすい。七個の心臓を全て潰さない限り再生と殺し合いは続いてしまうからだ。シガンは二個潰れているから五個しかないが、有利だとも思わない。
龍涙について話したい。
俺はその言葉を一旦信じてみる事にした。
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