2 日常

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 龍涙。龍神会。コミュニティ。カエデ。  単語の羅列に頭が痛くなってきた。  空気を吸って体の緊張を緩める。シガンは白鳥を見つけては声で脅かして遊んでいる。昔はこうやって二匹座りながら龍の行く末を語り合った物だが、価値観の相違というのは恐ろしい。 「カエデちゃんだったっけか、お前の監視員は」 「ああ。背が少し高いガキみたいな奴だよ。ずっと隣で騒がしくてなあ……」 「大変そうだな。美味そうなら食ってやろうか?」 「……あれは俺の獲物だ。お前は手を出すな」 「食料じゃねえなんて言ってたのに、まさか絆されたか? 意外と可愛い所あんじゃねえか」  刀を地面に打ち付ける。  白鳥が数羽空へと羽ばたいて行った。 「俺は弱そうに見えるか?」 「……いや、やっぱり勝てる気しねえわ。紅月龍(こうげつりゅう)、ケンジン・ハルバルトロープ様にはなあ」 「その名で呼ぶな。二回半殺すぞ」  苛立ちが募っていく。  熱量を持った怒りが熟成されて今にも噴火しそうだ。やはり俺は、何処まで行っても『龍』だ。掃除をしようがカフェオレを飲もうが、自分にあるのは血肉と闘争を求める、醜い心だけだ。 「これ、受け取れよ」  シガンは小型の箱を俺に投げ渡す。中身を取り出すと、透明な液体が入っていた。 「ちょっとした目薬だ。俺は効かなかったが案外これで泣けるかもよ?」  怪しいが、形式上は受け取っておく。  そのままシガンは立ち上がって帰る支度を整える。嵐のように現れて全てを荒らしに荒らして帰っていく辺り、あの頃から本質は変わっていないのか。 「最後にだがケンジン、カエデを信用するな」 「あ?」 「お前の事だから大丈夫だとは思うが、一応な。龍神会の意図が分かるまで何があっても心を開くなよ」  心配するな、の代わりに首を掻っ切るジェスチャーを取り、五十年ぶりの情報交換は終わった。複雑に絡まった内心と、多くの謎を残して。
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