3 バイトと散歩

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 シルバニは私の頭を撫でてくれる。  明日には牙にかけられているかもしれないのに。本当に優しいのはシルバニの方だ。死ぬ恐怖を押し殺して、誰かを慮れる人なんてそうはいない。 「それに、タダで殺される気はないわ」 「えっ……」 「その時が来たら噛み付いて、血を全部啜ってやるから」  鋭い八重歯が照らされて鈍く光っている。 「私、吸血鬼のクォーターなの。秘密にして頂戴ね」 「不束ながらお尋ねするんっスけど、年齢は……?」 「大体五百二十二歳くらいよ」 「こんなクソガキなのに!?」  吸血鬼のクォーターと名乗るシルバニは、嫋やかに笑うと日傘の外に右腕を出す。すると白煙が立ち上り、肌が焼けていく様が見えた。 「長く太陽に晒されると危ないのよ」 「ああ、だから日傘を……」  ベンチの隙間に指を入れて遊んでいる姿は子供そのものなのに、年齢を聞くと不思議と威厳すら感じるのだから驚きだ。緩やかに太陽は登っていくが、日傘はその陽光を一切通さずにご主人様を守っている。  自分が冷静になった後は業務内容を一通り聞き、改善点をまとめていった。シルバニの場合は配給される食料が足りず、緑閃龍が空腹で癇癪を起こしてしまうという事だった。龍の空腹は非常に危険な状態だ。個体差はあるが酷い時だと知能が著しく低下し、目に映る物全てが食べ物に見えてしまう。龍神会の従業員を食料扱いなんてされれば、尊い命が無惨にすり潰されていくだけだ。 「分かりましたッス。本部にはちゃんと報告しておくッスね」 「よろしく頼むわ。……一つ、これは言わないとね」  自動販売機に群がる子供達の声が公園に響いている。おしるこかスポーツ飲料かどちらを選ぶのか迷っているのか、双方の魅力アピール合戦が始まっていた。黄色のスカートを着た女の子はおしるこの味をアピールポイントにしていて、眼鏡をかけた男の子はスポーツ飲料のコスパをアピールポイントにしていた。 「私は龍神会に拾われたから、辞めようと思っても辞められないけど……カエデさんは違うでしょう?」 「そうッスね。就活して入りましたッス」 「その、辞めたくなったら直ぐに辞めなさいね。危険過ぎて本当は今にでも辞めて欲しいけど、私は誰かに意見出来る権利は無いから」  シルバニは躊躇いがちにそう零すと、私の顔を掴んで瞳を見る。商品名は分からなかったが林檎のような香水の匂いがした。 「私は龍神会に入ったのに後悔はないッスよ。だってやっと会えたんッスから。愛しの、救世主に」 「……カエデさん、吸血鬼より怖い顔してるわよ」 「えっ!?」  唇をティッシュで押さえつけられる。  いつの間にか涎が滴り始めていた。これではケンジンに言われた通り、子供みたいだ。  全ての情報を手帳に書き写した。その後は軽い雑談をしてシルバニを近くの駅まで送り届け、人が居ない場所で翼を広げる。食材をこれから買いに行くのは面倒臭いがまた怒られるのは勘弁だから、仕方なくスーパーを探した。
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