3 バイトと散歩

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 水族館に無理矢理腕を引っ張られて連行された。酒に酔った俺が言ったなら仕方ないか、と納得するしか無いが、わざわざ水族館に行きたいだなんて言うのか疑問は残った。 「これ食べていいのか」 「鑑賞用の魚に決まってるッスよ!」  早くこんな所から出たいと思う気持ちと、こんな機会も無いかと葛藤する気持ちで脳内は溢れ返った。隣ではしゃぐカエデの薄灰色のワンピースにクラゲが反射して柄になった。移動するとその柄はペンギンになり、カクレクマノミになり、決して飽きる事はない。水槽に手を吸いつかせて淑やかに眺める姿はいつものカエデでは無いみたいだった。 「何処見てるんッスか?」 「……別に、そこの壁を見てるんだよ」 「ええ……水族館に来て壁を楽しむ龍は初めてッス……」  そりゃ水族館を楽しむ龍なんていないだろう、と内心で突っ込み、そのまま鑑賞会は続いた。魚の小さな鰭が巨大な水を掻き分けて進んでいく。俺はその様子を見て活きが良くて美味そうだなとしか思えなかったが、カエデはどんな事を思っているのだろうか。案外同じ事を考えているかもしれない。 「ケンジンの顔、デカすぎるッスよ!」  ご当地キャラクターの顔パネルに顔が入らなくてカエデに大爆笑された。パネルを破壊しようと拳を握ると、後でグミをあげるから怒らないでと窘められた。子供扱いされたみたいで癪だった。 「目が、目があー!」  イルカショーのダイビングで水飛沫が大量にかかり、カエデが大袈裟に苦しんでいた。持参した小さな手持ち傘では抑えきれない程の水圧をうけて、ショーが終わる頃には黒髪がびしょ濡れになっていた。 「スタンプラリーって速度を競う勝負なんスよ」  水族館内に点在する五つの中継所を合計九分で全て回り切って報酬のアシカクッキーを貰っていた。四枚のクッキーは全部カエデの胃袋に消えていった。  俺はずっと隣にいて、何故かカエデの方ばかり見ていた。四季のようにコロコロ変わる表情をただじっと観察していた。  滞在したのは一時間程度だったが、不思議ともう少し居てもいいかなと思えた。魚を食べたいという気持ちではなく、もっと別の要因があったのだが、それを言葉にするのは恥ずかしいのでやめた。
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