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「今日までありがとうございましたっス」
「なんだ、急に改まって」
水族館を出て公園まで歩いている間、アイスキャンディーを頬張って噛み砕くカエデがそう言った。いつものふにゃけた顔だったから、いつもの俺をおちょくるモードに入ったのだとすっかり油断していた。
「実は、今日までの八日間はお試し期間なんッスよ。龍が従業員を気に入ればそのまま継続なんッスけど、ケンジンは私の事、嫌いでしょう?」
「……まあ、好ましくは思ってねえよ」
「やっぱり。だから今日がお別れの日になるから、最後に一緒に何処か行きたかったッスよ。別にケンジンは、何処にでも連れていくなんて言ってなかったッスよ」
今日の外出の真意を聞かされ、俺は嘘をつかれていたのだと知った。だが、不思議と怒りは感じなかった。その代わりに正体不明の不安感が胸中を埋め尽くしていた。背中にしっとりと汗が貼りついて、喉が微かに震えるような。
「でも、泣くまでずっと一緒にいるって……」
「あれはただの願望ッスよ。ケンジンは優しいから、その優しさに甘えてただけッス」
「……誰が、優しいって?」
長い爪をカエデの首元に向ける。
でも自分でも分かっている。こんな事してもカエデが震えたり命乞いする事なんて絶対に有り得ないと。八日間も一緒に居たのだから。
「そりゃ優しいでしょうよ。ケンジン、人を食った事ないでしょう?」
「……人間を食べた事くらい、ある」
「はい、目が泳いだ〜!」
公園の入口についた。中には無味乾燥の風景が続いていて、寂しげに遊具が散在している。人一人も居なくて、カエデはいきなり走り出して自動販売機でおしるこを二つ買ってその一つを俺に渡してきた。
そのままベンチに座り、缶を開けて美味しそうに飲み始める。吐息が熱量を持っている。空に浮かんでいる雲と同じように、濁りを持った白色だった。
「黄雷龍、シガン・フォールミストとの協力関係は当時の龍のコミュニティを守る為の物で、人の集落を襲う為の物では無い……ッスよね?」
「……随分と物知りだな」
「これは龍神会が調べたというより、私単体で調べた物なので! ……故に半端な事はしないッスよ」
俺がシガンと組んでいたのは五十年前。天狗の寿命が何百年なのかは知らないが、この知識量からして俺の情報は殆どが筒抜けなのだろう。俺は白旗を上げる。腹の探り合いは御免だ。
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