3 バイトと散歩

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「降参だ。俺は人間を食った事ねえよ。シガンが人食いの感想会をした時、正直ドン引きしたさ」 「……じゃあ、コミュニティを抜けた理由は?」  カエデが図々しく俺と手を繋ごうとする。その手を払い、代わりに飲み干した空き缶を掴ませる。小鳥の群れが電線の上に止まってこっちをじっと見ている。寒風が肌を撫でた。 「俺は逃げたんだ。龍の掟に従うのが嫌でな。やれ殺しあえだの誰も信用するなだの、いちいち口出ししてくる奴らが多かったんだよな」 「なるほど」  隣を盗み見ると手帳に鉛筆で何か書き表しているのが見えた。角度が悪く内容は見えなかったが、背表紙には可愛いシールが沢山貼られていたので、どうせ大した事は書いてないなと決めつけた。 「龍はいかなる時も逃亡を許さない種族なのに、シガンもニル爺も俺と出会った時、怒ろうとはしなかった。俺はダメな奴だよ。会った時に心臓を全部渡して懺悔しとけば良かったな」 「そんなの痛そうだから駄目ッスよ!」 「痛そうって……」  幼稚な想像に何回目になるか考えるのも億劫になった溜息が漏れ出た。夕焼けが小鳥の影を地面に映して、ボールを持った子供が公園内に立ち入ってきた。雑音が耳に入り込んではその度に隣で楽しそうに喋るカエデの声に掻き消される。 安らかな気持ちになっていた。このままこのぬるま湯に浸かっていても、誰も咎めない。  龍は仲間を作らない。  龍は敗北を許さない。  龍は強くなければ、なのに。  カエデが隣にいると、胸が、腹がザワつく。 「俺はお前を食べないと思ってるのか? そりゃ、龍って種族を舐めてるよなあ」 「私は鍋にして食べるのがオススメッスよ〜」  冗談だと思っているコイツに現実を教える。  カエデの首を両手で掴む。迸る血流を感じる。  軽く握り締めるだけ。そうすれば水族館の魚の将来になれる。自分の意思さえあればもう自由になれる。コイツの喧しさに、悩む事だって――。 「いいッスよ」 「……俺は、龍だ。腹が空いて仕方ねえよ」 「龍の掟に従いたくないのに自分が龍である事に誇りを持ってるのはどうして? 私を絞めてるのに、ケンジンの方が苦しそうなのはどうして? 色々と矛盾してるッスよ」
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