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和の装いが店内に散りばめられている。
秋の紅葉が揺らめいていて、銀杏の実が小さく実っているのが見えた。暖房が効いているので客達はコートを脱ぎ、椅子の背にかけて団欒を楽しんでいた。私は注文したぜんざいが来るのを待ちながら『最悪』と対峙する。目線を離さずに、殺意を込めながら。
「生物ってのは食う為に生きてんだよな。腹が空いたら食うし、満腹だったら食わねえ。そんなのは当たり前なんだよ。だからさあ……」
「従業員を食べたのを許して欲しい……って事ですか?」
「その通り! 本当に悪いって思ってんだよ! なあ、嬢ちゃん」
店内と調和するような和服に身を包み、先に到着したバナナパフェにスプーンを突っ込んで掻き回す黄金色の髪をした男。黄雷龍、シガン・フォールミスト。龍神会が懐柔を諦めた最悪の龍だ。
十三人。この龍に龍神会の従業員が食われた人数だ。口先と柔和な微笑みで騙し、数々の罪を犯してきた大罪龍。決して油断してはいけない。
「嬢ちゃんは許してくれるよな?」
「……何故、私の居場所が分かったんですか?」
「ちょっとした情報通なんだよ、俺は。ところで許してくれるよな? 頼むぜ?」
許しを懇願する龍は、涎を容器の中に零して嘲笑う。食欲と好奇心が混ぜられた怖気のする瞳だ。或いは彼にとっては、私すら食材の一つとしてしか見られていないのかもしれない。
龍は食欲を指針として動く事が多い。
腹を満たす為ならどんな事でも躊躇なく遂行する。緑閃龍の元で働いているから分かる。奴らに理性など最初から存在していないと。
「まあそんな事は良いんだよ。本題に入ろう。お前が担当してる緑閃龍に会わせてくれないか?」
「……もし、嫌だと言ったら?」
「今からお前を殺す。安心しろよ。美味しい主菜にしてやるから」
彼の人差し指が、龍の鱗を纏っていた。
「部分的なドラゴンフォルムですか」
「ああ。お前が拒否すれば、喉と口内をドラゴンフォルムにする。そのまま暖かい息を吐けば、ここにいる奴らは全員死ぬ。勿論、お前が頼んだスイーツが来ることは無い」
自分の命と店内の客を脅す宣言だった。
当然その気は無いだろうが、仮にドラゴンフォルムを全身に適応されれば勝ち目は無い。鱗を通せる武器など持っていない。故に殺し合うなら龍が人型の時に行わなければならない。問題は殺傷力と心臓の個数。明らかに不利だ。
「シルバニちゃん。穏便に行こうぜ」
血を吸い取ろうにしても距離が離れている。机を介して約三十センチメートル。噛み付く所か触れるだけでも奇跡だろう。触れた所で部分的なドラゴンフォルムを使われれば歯は通らない。
唯一勝てる部分があるとするなら、再生力だ。吸血鬼のクォーターとして生を受けた私だが、太陽に晒されないなら首を吹っ飛ばされようがすぐに再生する。泥試合になるのを見越して先に目を潰せれば良いが、龍と正面から向かい合って勝てる奴など、それこそ龍以外にはいないだろう。
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