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時間が経つほど思考は憂いを帯びて動かなくなる。だから友達を死なせた。未来を考えたから今を掴み取れなかった。あの時の血の匂いと、悲鳴が、私の罪だ。二度目は無い。
「やってみろ、シガン・フォールミスト」
「精々楽しませろよ、シルバニ・クイナバル」
刹那、姿が消えた。動揺するな。
一度深呼吸をし、口を開いて――。
「こんにちはカエデちゃん!」
「お久しぶりッス! 二人とも!」
彼が私の首を掴んで強制的に首を横に振らせる。私は目を見開いた。カエデが、黒天狗がそこにいたから。今日は連絡日じゃないのに。
「俺が呼んだんだ、話を合わせろや」
小声で囁かれ、拘束を解かれる。そのまま元の座席に座り直すとパフェを掃除機のように吸い込んだ。机に備え付けられた爪楊枝を噛み、目尻を下げて笑っている。陽炎のように掴めない奴だ。
「何か頼むかい? お嬢ちゃんが奢ってくれるってよ」
「お気遣いは大丈夫ッス! もう食べてきたッスよ」
「カエデさん、この龍と知り合いだったの?」
「少し前に龍神会の仕事で行ったんッスよ。お試し期間で打ち止められたんッスけどね」
「全然近付いてくれなくって寂しかったから止めたんだよ。塩対応ばっかりだったしな」
彼女はそう言って笑うが、その言葉の意味は私にとっては驚いて余りある物だった。お試し期間の終了まで生き延びたというのは少なくとも八日間は傍らで生活した事を証明している。あの食欲の悪魔に食べられなかった。有り得ないと形容するしか無いだろう。
「それで、二人で何話してたんッスか?」
「何処で香水を買ったか尋ねてたんだ。コイツ、良い匂いがするだろ?」
「そうッスよね! 後で教えて欲しいッス!」
隣に座ったカエデが上品に匂いを嗅いでくる。ぜんざいが到着すると物欲しそうな目をしていたので、半分分け与えた。命を救ってくれた救世主だ。寧ろ全部渡したいくらいだった。
その彼女の耳元に近付き、小声で囁く。
「カエデさん、私が吸血鬼だって言ってませんよね?」
「口だけは硬いから大丈夫ッスよ! 白玉蕩ける〜」
自分が吸血鬼である事実を隠すのは、この先で龍と戦う際のアドバンテージになる。死んだと思った瞬間動き出して相手の虚を突けるからだ。特に目の前で爪楊枝を鼻穴に突き刺しているこの龍と戦う機会があるかもしれない。手札は多い方が良い。
白玉を幸せそうに噛む彼女に餡子をプレゼントすると、驚いた顔で一口で食べ切った。龍に負けず劣らず食い意地の凄い天狗だ。
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