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『龍』。かつてこの世界を征服し、その他全ての種族を支配した無敵の種族。固い鱗に覆われた体躯と獰猛な牙は全てを等しく破壊し絶望を与えた。……というのは随分昔の話で、繁殖力が非常に乏しい種族なので次第にその力を失っていった。歴史上では絶滅したとされているが、今は生態系の頂点に立っている人間の姿形を真似て、どうにか生を繋いでいる。その一体がこの俺だ。
日本と呼ばれる国の山奥にひっそりと居を構え、山菜とキノコを食料として今まで生き長らえて来た。元の姿に戻りたい欲求がふと湧くが、ドラゴンフォルムは体力の消耗が激しく、肉を食べられない今は半年に一回が限度だ。肉体が閉じ込められているような嫌な感覚のまま、純粋な強さを求めて刀を振る。
龍には心臓が七個ある。
お腹がどうしようもなく空いた時は、体の内側で鼓動を続ける心臓を食料にしようかと考える。一つくらい消えてもどうという事も無い。そんな事を考えながらキノコを食む。何百年も暇だとふざけた思考が脳内を駆け巡る物だ。それが孤独に塗れた半生なら、尚更。
そんな暇を討ち滅ぼしたのは酷く喧しい奴だった。
今までに出会った事の無い、馬鹿な奴だった。
「こんにちはー」
「……誰だお前? 新聞は間に合ってるぞ」
「龍神会から派遣されました、しがない従業員ッス。最近のブームは人間を山に迷わせてその様を笑う事で……」
「うーんよく分かった。帰れ」
龍神会。一番聞きたくない最悪な単語だった。
龍の保全を目的とした秘密結社と銘打ってはいるが、奴らの構成団員に龍は一人もいないとの評判だ。その癖に俺達に協力を求めては、龍の力を私利私欲の為に使う集団だ。黒い噂の絶えない、信用の欠片もないクズ共。扉を思いっきり閉めて日課の素振りに戻る。今のはただの通り風だ。
「結構広い家ッスね〜」
「……はあ?」
石に腰掛けた女が欠伸をしている。
さっきまで確かに俺と、話してた筈なのに。
「どうやって入ってきやがった」
「……空の防犯が疎かだったので!」
微笑む女の背中から、黒翼が生えてくる。
鴉に似た色合いに陽射しが当たり艶が入る。思わず頬を強く抓る。悪夢が未だ俺の頭で再上映されているのか。
「動くな。指先でも動かせば、即斬り伏せる」
「出来ませんよ。あなたは優しいから」
「……俺の何を知ってやがる」
女は翼を仕舞うと、一歩ずつ歩き出す。
確かな足取りと自信に満ちた眼が、刀よりも鋭利に俺を貫く。表情には余裕すら見て取れる。
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