1 出会い

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 そのまま静寂が空間を包む。迷いを見透かされているのか、何も考えていないのか。辺りに咲く花々だけが茎を左右に揺らめかせて動向を見守っている。七つの心臓が絶え間なく鼓動を鳴らし続けている。額に一筋の汗が流れた。 「現在、龍神会は『龍涙』を欲しているッス」 「……龍涙?」 「万物を再生させ、大地に命が宿る、龍にしか流せない極上の涙。純粋な龍にしか現れない、命をも生き返らせる涙。あなたはそれを生み出す事が出来るッス。他の血が混ざっていない、あなたなら」  龍涙。女は少し頬を赤らめてそう語る。 「私はカエデ。しがない黒天狗ッス。あなたの涙で、ある人物を生き返らせて欲しいんッスよ」 「……断る。俺は、誰の指図も受けない」  中庭からリビングに通じる窓を開け、後ろを振り返る。力なく項垂れる女が縋るように俺を見つめる。  ……大嫌いだ。勝ち取る力も無いのに浅ましく何かに縋り付く情けない奴がこの世で一番唾棄すべき害悪だと信じている。そう教え込まれて来た。厳しい鍛錬を得て一龍前になった俺とは絶対に反りが合わない。そう直感する。 「……お肉持ってきたッス」  懐から発泡スチロール製の素材で覆われた、油の乗った生肉が見えた。女の唇より分厚く赤身が目立つ肉は、数年は肉を食っていない俺にとっては、宝石よりも煌めいて見えた。だが、たかが肉に縋り付くなんて話にもならない。そういう情けない奴が一番嫌いだとさっき断じたばかりで――。 「今なら鮭の切り身もおまけでつけるッスよ」 「……話くらいなら、中で聞いてやる」 「チョロっ!!!!」  女の悲鳴にも似た絶叫が山にこだまして反響した。俺は頭を掻きながらお茶を用意する。家に堂々と上がり込んだ天狗は子供のようにはしゃぎ周り、壁に飾っている絵画や、地面を這っているロボット掃除機の動きに興味津々だった。年齢も知らないのでもしかすると本当に子供なのかもしれない。そう思えるくらいにはガキそのものだった。 「意外と現代的ッスね」 「知り合いにこういうのに詳しい奴がいるんだよ。頼んでねえのに勝手に送ってきやがるから仕方無く使ってやってるんだ」  椅子を用意して腰掛けさせる。  食べ物に釣られた自分に情けなさが芽生えるが、ドラゴンフォルムを短時間とは言え取り戻せる可能性があるのだ。媚ぐらい売っても大丈夫だろう。  クスクスと笑う天狗の顔は心底気に入らないが。
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