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7:あ まやか し
一見すると、グランのしっぽが二股に分かれたようだ。ルルリェの手には、真っ黒いリボンが握られている。
「何か、文字が刺されているな」
金の糸で、刺繍されたそれを彼は読み上げた。
「月に夕陽が満つる刻……」
「待って! ルルリェ、その詩はだめなの!」
血相を変えたエフューが、ルルリェからリボンを奪った。
「グランはどこに行ってきたの? これは口にしたらいけないって言われている詩なのよ」
「……誰に言われるんだ?」
「誰にって……この街ではずっと、そう言われていて」
「口にするとどうなる?」
「……わからないわ。でも禁じられているんだもの、きっと良くないことが起きるのよ」
「話にならんな。知ろうとすることもなければ、疑いもしないのか」
「むう……意地悪な言い方だわ」
黒いリボンを持て余すエフューの隣で、ルルリェは古めかしい、一冊の手帳を開いた。手に馴染んだ革の装丁は年季が入っているが、箔押しされた彼の名がやたらに煌めいて、幼子に特別なもののように思わせるには十分な説得力があった。
「わたしはあるものを探して、長い旅の果てにここまで来た。どうやらその詩が、探し求める宝を手に入れる一端を担っているようだ」
「宝物? そんなものがあるなんて、聞いたことがないわ」
「見てみたいとは思わないか?」
「でも、この詩が要るんでしょ? それはいけないことだわ……」
「それはおかしいな、エフュー。お前は『自分ができると信じたことは何でもできる』のだろう? ならば……」
──良くないことは起きない、と信じればいい。
ルルリェが、妙に甘く優しい声で囁いた。
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