8:禁忌の調べ

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8:禁忌の調べ

 月に夕陽が満つる刻──。  エフューの口から、するりと詩が滑り出る。  その途端、空の綿雲が急速に動き出した。  お日様は首を傾げるように転がって、たちまち空を緋色(ひいろ)に染めた。 「どうして、なんで。怖いわ、ルルリェ」 「落ち着け、不安に思わず続けるがいい」  信じれば、悪いことは起こらない。ルルリェの言葉と好奇心を胸に、エフューは詠う。 『月に夕陽が満つる刻、(あか)い口紅ひとさし引いて……』 『真宵道(まよいみち)(しるべ)に明かりを灯しましょう』  お日様がいなくなったところに、さやさやと顔を見せたのは真ん丸のお月様だ。気が付けば、街は夜の闇に包まれていた。  驚くエフューの眼下で、街の一角に二つの灯火が灯る。子供らの誰かが、教会の窓を閉じてランプを掲げているようだ。朱い火は色硝子を透かして、葡萄色に揺らめいている。 『ひさひさ露を払って花は踊れ』  背後のアカシアがさざめき、枝葉からたくさんの黄色い花が零れ落ちた。風に乗って、花弁は街へ降り注ぎ、迷路のような通りを隙間もなく埋めていく。  恐れに震える拳を握りしめ、エフューは最後の一節を唇で押し出し始めた。 『冥路(めいろ)の窯の蓋開け……』  エフューの耳に、遠く離れて聞こえるはずもない、自宅の窯の戸が開く音が響いた。 『尾をふり……雲ふり……知らぬふりの……』  滅多に鳴かないグランが一声鳴いた。しっぽの先に、めらめらと炎が揺れている。  驚いて飛び上がるエフューに反し、臆病者のグランがどうしたことか、ちっとも怯えも慌てもしない。エフューに何か語りかけるように、尾を立ててじっとしていた。  エフューにはその炎が、ひどく恐ろしいものに思えた。火は暗闇を照らして、冷えた体を暖めて、美味しいパンを焼くのを手伝ってくれるものだ。  それなのに、グランの幸運のかぎしっぽに灯るその炎からは、不思議なほど温かみを感じられなかった。 「……火から、何か、聞こえる」 「どんな音がする?」 「何か大きい音だわ……馬の、蹄の音? これは何かしら、鐘を打ち鳴らすような……」  刹那、炎が烈しく爆ぜた。これにはさすがにグランも飛び上がる。  エフューは火から聞こえる音のように早鐘を打つ心臓を撫で、グランに促した。 「……しっぽを振って」
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