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11:エフューだった娘
薄曇りの、ぼんやりした朝陽に長い睫毛が震え、固く閉ざされていた瞼が開いた。
大粒の葡萄から、朝露の一雫が零れ落ちる。その熱さに頬が焼けて、娘はここがどこだか思い出した。
「目が覚めたか」
横たえられた寝台の傍らでぶっきらぼうな声がして、娘は視線をそちらへ向ける。
カラスのように真っ黒な髪が印象的な、長躯の魔法使いがすっかり疲れた顔で壁にもたれていた。
「随分長いこと、眠りこけていたな。エファリュー」
「……ひと様の夢にずかずか入り込んで、叩き起こすなんて、師匠は本当に意地が悪いわ」
「ふん。なんとでも言え。……そのまま目覚めさせず、飢え死にさせてやればよかったか」
「聞こえてるわよ」
エフュー……になりたかった、この娘エファリューは、ルルリェの教え子で、彼の仕える王の一人娘だ。
忠誠を誓った王も国も、先の大戦に敗れ既にない。エファリューは王の最期、ルルリェに託された、祖国再興の鍵だった。
いつの日か必ずや国を取り戻すため、日夜厳しい修行に明け暮れてきた。
その結果が、これだ。
鍛錬のあまりの苛烈さに、心も身体もすり減らした少女は、己の殻に閉じこもった。閉ざされた夢の中に理想郷を築いて、誰にも邪魔されないはずの平穏に身を浸していたのだ。
「魔法の構築は巧くできていた」
「そりゃどうも、慰めありがとう。でもダメじゃない。あっさり師匠に破られちゃうんだもの。それになによ、あの下手くそな詩。あんなのわたしの趣味じゃないわ」
「……お前こそ、なんだ。あのお粗末な財政は。経済学の基礎からやり直しが必要か?」
「よして、子供のお遊びと区別くらいつくわ」
「そうか。では、体力が戻ったらいつも通り修行を再開するとしよう」
エファリューの手に、ぐっとシーツが握り込まれる。
「音を上げるか?」
「いいえ、望むところよ。幼馴染のグランの仇は、この手で討つって決めてるの」
「そうだ、その意気だ。お前は、宝箱に煌びやかな宝石を並べて満足するような姫ではない」
「そうね。宝物は、自分の手で増やしていくから貴いのよ。……忘れたらいけなかったわ」
「……ひとまず腹ごしらえだ。パン粥でいいな、木苺のジャムも混ぜよう」
「師匠が焼いたパン? 固くて不味いのよね……」
「我儘を言うな。文句があるなら、早く動けるようになれ。わたしにパンを食べさせてやると言ったのはエフューだろう」
「ええ、そうね。苦労して焼くんだから、格別に美味しいわよ」
窓の外のアカシアに、黄色い花が揺れている。
ルルリェの目に、その花の下で手を振る、小さなエフューの姿が見えた。だがそれも、瞬きの間だけだ。
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