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桃青は図書室から出ていった。1人残された未練は、深呼吸をした。
ガラッとドアが開く音がした。その音がした方に振り返る。
日日が入ってきた。歳はとったが、あの頃の面影が見える。未練は泣きそうになった。
日日はあの噂の手順通りに、未練の本を発行順の順番で取り出していく。
最後の7冊目を取り出した日日はタイトルを見て、目を見開く。
これが未練の遺作であるとわかったからだ。
『未練の幽霊』
パラリとページをめくった。1ページずつ、丁寧にめくっていく。海莉の美しい文体が綴られていた。懐かしさと愛おしさで、日日は目頭が熱くなった。
静かに物語を読み進める日日の背中を見守る未練。図書室には2人しかいない。まるで、世界にたった2人だけが取り残されたみたいに。
日日は読み進め、ようやく物語は終盤へとさしかかった。日日はラストページをめくった。そして、そこに書かれている告白の言葉を目にして、日日は涙を溢した。溢しながらもその言葉をそっと口にした。会えるかもしれない、という願いを込めて。
「未練の幽霊は涙を流しながら、声を絞り出すかのようにして笑った。愛してる、と…。」
日日からその言葉を聞き届けた未練は、涙が溢れ出した。15年間待ち続けた。春人くんを。
ようやく、僕の想いを告げることができる。そして、お別れだね。
未練は声を絞り出すかのようにして笑った。
日日はその時、確かに聞いたのだ。
海莉の穏やかで優しい声を。
図書室全体を包み込んで、
「やっと届いた。―――愛してる」
やがて、その声は図書室の奥に吸い込まれて消えていった。あれから、二度と彼の声を聞くことはなかった。
「俺も愛してるよ。海莉」
日日はそう言って、愛おしそうに目を細めた。いつの間にか本は元の棚に片付けられていた。
数日後。
「そういえば、図書室の噂聞かなくなったよね」
「あー、たしかに!なんでだろう?」
「うーん。次の学校に行ったんじゃない?恋のキューピッド」
「気分屋かよ(笑)」
そんな生徒の会話を聞きながら、日日は微笑んだ。その噂の真実を知っているからである。
「日日先生」
桃青に話しかけられ、日日は振り返る。
「ん?」
「彼は…未練の幽霊は先生に思いを伝えましたか?」
その問いかけに日日は目を大きく見開いたが、すぐに「あぁ」と笑って答えた。
「なぜ未練の幽霊知っているのか?」と問いはしなかった。なぜなら桃青の顔そのものが答えだったからだ。
「――そうですか」
桃青は目を細め、口角を上げ、満足したかのような表情を浮かべた後、礼儀正しくお辞儀をした。すれ違う時、日日からかすかな本の匂いがした。桃青はその匂いを“未練”に見出すと、微笑した。
あの匂いと同じだ。
『僕ね、君といる時間が何気に楽しかったんだよね』
楽しそうに笑う幽霊の彼。
数ヶ月、彼と過ごした時間が桃青にとってどれほど幸せなものであったか、言葉で表すことはできない。
普段から俯き気味であった桃青は日日とすれ違った後、顔を上げた。凛々しい眼差しはじっと前だけを見つめている。黒色のカラコンをつけていたはずの双眸は海のようにキラキラと煌めいていた。
――未練の幽霊はもういない。
桃青はそう心の中で呟いた。
これで未練の幽霊が書いた物語はおしまい。めでだし、めでたし。
(了)
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