未練の幽霊

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桃青は今日も教室の隅っこで勉強していた。クラスメイトに彼の印象を聞けば、きっと10人中10人が「優等生」「影が薄い」と答えるだろう。あるいは「不気味」だとも。そんな桃青は昨日の出来事を思い出していた。 変わり者の幽霊。自分がなぜ死んだのか。なぜ図書室に留まるのか。名前も思い出せない。記憶喪失の幽霊。たまに見せる寂しげな表情が不思議と忘れられなかった。 そうしている間にホームルームのチャイムが鳴り、日日が入ってきた。どうやら担当の先生が風邪をひいてしまい、代わりに今日と明日の二日間は日日が代理としてこのクラスの 担当になるとのことだ。 クラスメイトの女子生徒は嬉しそうな顔を浮かべていた。優しくてイケメンだからそりゃ喜ぶだろう。 桃青はいつも通り真面目に授業を受ける。今日も何も変わらない日々、のはずだった。 「…今日は流石にいないよな?」 目の前の扉を開けるのを躊躇う桃青。 「今日こそは勉強したいからな…」 変わり者の幽霊がいないことを祈る。 勇気を出して、扉を開ける。 「おっ、昨日ぶりー!」 色素の薄い少年が手をヒラヒラさせてこちらをみていた。反射で思わず扉を閉めてしまった桃青は扉に額をぶつける。 …いた。 普通にいたな。 扉の向こうから「なんで閉めるの!?」と叫ぶ声が聞こえた。 再び扉を開ける。やはり変わり者の幽霊はいた。 「ええ、成仏してないのかよ」 「昨日の今日で、できるわけないじゃん!?」 「へーへー。俺としては早く成仏してくれる方が助かるんですがねぇ」 決まった席に腰をかけ、教科書を開く。 「協力してくれないの?」 「まずは自力で思い出す努力でもしろよ」 「そうだよね…」 そういって幽霊は図書室を冒険し始めた。 よし、やっと落ち着いて勉強できる。 沈黙が続く。この沈黙が心地よい。シャープペンの音、時計の音、本を捲る音。その全てが心地よかった。 しばらくして、彼が桃青のところに戻ってきた。 「…なんか見つけたか?」 「何も」 しょんぼりする幽霊を見て桃青はため息を吐いた。 「君、」 「君って言うのやめてくれないかな?」 「だって名前知らねーもん。……未練って呼ぶわ」 「ええ、なんか嫌だけど君って言われるよりはマシかなぁ」 「俺が思うには未練が死んだのは結構昔だと思う」 「なんで?」 「まず未練の制服が俺の制服と違うだろう」 「あ、たしかに」 「ネクタイの色で学年を分けるのは変わってないけど、ズボンが絶妙に違う。調べてみたら、未練の着ているデザインは15年前のものだ」 「え、そんな昔?」 未練はショックを受けていた。 「だから15年前後のアルバムを探してみたら行けるんじゃないか」 「頭いいね、君!」 「早く探せよ」 はいはい、とアルバムが収納されている棚へ向かう未練。 勉強もいいところまで終わったので仕方なく付き合うか、と桃青は立ち上がり未練の元へ向かう。 「一緒に探してくれるの?」 「気分転換に、だ」 「なんだかんだで優しいね、君は」 「無駄口はやめて探せよ」 「はいはい」 桃青はふとあることを思い出す。未練は昨日、日日が入ってきた途端にいなくなった。そこから推察して、日日と未練は同じ時期に在籍していたのではないのだろうか。 日日は今年で33歳だ。そう思い、18年前の卒業アルバムを探す。 「ビンゴ」 そこには若かりし頃の日日がいた。ページを捲る。 「…見つけた」 文化祭のページで“彼”を見つけた。昔からよく笑う人だったらしい。楽しそうに笑う未練がいた。 「名前は…」 未練の名前を探していく。 「“皇海莉”」 その名前に反応した未練が桃青の顔を見た。ひどく驚いていて、どこか悲しそうな顔をする未練に桃青はアルバムを見せた。 「見つけたぞ。これで未練の名前は判明したな」 アルバムをじっと見つめる彼。 「皇、海莉…。確かにそんな名前だったね、僕」 「とりあえず一歩前進だな」 桃青は再び席に戻り、教科書を読み始めた。じっとアルバムを見る未練。しばらくはそっとしておいた方がよさそうだな。 「ありがとね」 「あー、うん」 「名前を思い出せたのはいいけど、それ以外は何も」 「アルバム全部を見てもか?」 「うん。なんか、封印されているみたい」 「それは多分未練の気持ち次第なんじゃないか」 「気持ち?って名前で呼んでくれないんだ」 桃青は彼を見て、「俺にとって未練は“皇海莉”じゃなくて、未練の幽霊だからな」と答えた。 「ふふ。そっか。まぁ、いいけどね」 「気持ちが変わったら多分全て思い出せるはずだ。まぁ、急いでもいいことはないから焦らずにやっていけばいいんじゃねーの」 そう話す桃青の耳は赤くなっていた。それを見た未練は嬉しそうに微笑んだ。 「うん、ありがとう」 戸締まりの時間になり、桃青は帰りの準備をしていた。未練は窓から外を眺めている。 ――そういえばこいつはここから離れられないんだった。誰もいない図書室にただ一人だけ残されるのはどんなに寂しくて辛いことだろうか。 「じゃ、帰るから」 「あ、うん。気をつけてね。また明日ね」 “また明日” その言葉がひどく儚く聞こえたのは、彼がいつ消えるかも分からない未練の幽霊だからだろうか。 「あぁ。またな」 小さな声で返事すると、彼は嬉しそうにはにかんだ。
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