未練の幽霊

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未練の名前が判明してから1週間がすぎた。まだ彼は記憶を取り戻せていない。 桃青はいつものように図書室で勉強に励む。 「なんかさ、頭の中に靄がかかっているみたいなんだよね」 「気持ち次第とは言ったけど、なんかきっかけがないとダメかもな」 日日をここに呼ぶか?いや、それはなんか嫌な予感がする。やめとくか。 勉強に励みながらも、どうするかと頭を悩ませる桃青。 「あ、誰か来る」 未練はそう言い、図書室準備室の中へと隠れていった。その直後に大きな音を立てて扉を開ける男がやってきた。その男を見た桃青は眉間に皺を寄せた。 「お、いた。桃青!」 「うるさい、伊月。この図書室」 桃青の幼馴染である伊月が現れた。柔道をやっており、体つきがでかい彼は何をするにも大きな音を出してしまう癖があった。 大雑把に椅子を引き、桃青の目の前に座る。 「さては課題忘れたな?」 「さすが。課題忘れてその倍の課題食らった!ってわけで教えて」 かかかっと豪快に笑う伊月にやれやれと言いながらも、彼の課題を見てあげた。 「っていうか放課後になると姿を消すなとは思っていたけど、ここにいたとはなー」 「誰も来ないから勉強するにはもってこいの場所だからな」 「本当に真面目だよな、お前」 「違う、勉強が好きなだけだ。集中しろ」 「へーへー」 そんな二人を物陰から見守っていた未練はこの光景を懐かしいと感じた。自分自身も誰かに勉強を教えていたような気がしたからだ。 面倒くさそうに勉強を教える桃青とそんな桃青を見て嬉しそうに笑う伊月。 「僕も誰かに勉強を教えていたのかな。こんな風に」 その呟きは図書室の沈黙に呑まれて消えた。 「っていうわけ」 一通り教え終えた桃青は体を伸ばした。ノートを手に取り、「おお!全部解けた!」と目を煌めかせた伊月。 「ありがとな!さすがは持つべき親友だな!」 「やかましい」 「怒られる前に退散するわ!」 伊月は図書室から出ていった。ようやく嵐が去った。 「うるさくして悪かったな」 物陰に隠れていた未練が姿を現した。なんとも言えない表情をする彼に、桃青は「どうした?」と尋ねる。 「なんかね、君たち二人を見てたら懐かしい気持ちになったんだよね」 「懐かしい?」 「うん。あぁ、僕もこんな風に勉強教えていたなって」 そう話す未練の横顔はどこか哀しそうで。 「僕はちゃんとここに存在していたんだって思い出せた」 「それはよかったな」 素っ気ない返事をする桃青に未練は笑う。ぶっきらぼうだけれど、優しい桃青を可愛く思う。 「うん」 今日も未練は自分のことを思い出すためにアルバムを眺めている。そんな彼をじっと見ている桃青。 未練の幽霊は18年ももの間ここに留まり続けた。誰も彼を見つけなかった。 「桃青くん」 「うん?」 「僕を見つけてくれてありがとね」 色素の薄い双眸を細めてお礼を告げる彼。好きで見つけたわけじゃない。偶然だ。たまたま俺に霊感あるだけで、未練を見つけたのは他の誰かだったのかもしれない。 それでも、 「どういたしまして」 こう答えるのが正解だと思った。 「さっきの子、幼馴染なんだ?」 「そうだな。家が隣同士で親も仲良いんだ」 「なんかいいね」 「そうか?あいつ、うるさいぞ」 「ははは」 未練と普通の会話をしているこの時間は何気に嫌いじゃない。彼は確かに桃青と同じ年齢でこの世を去ったかもしれない。けれど、たまに年上だと思わせる仕草や話し方に落ち着く時がある。 もし、未練が大人で教師だったら仲良くなれていたような気がする。――そんな一つの未来を想像していた自分に嘲笑した。 どうやら、俺は未練に絆されつつあるようだ。 「桃青くんはさ、良くも悪くも人に興味ないよね」 急にそんなことを言われ、桃青は顔を上げた。 「は?」 「普通さ、僕のこと聞くじゃん?」 「記憶ないのに?」 「いや、なんとなくさ対話してたら記憶取り戻せそうじゃない」 「確かに、そうかもしれない」 頬杖つく桃青。 「現に俺は未練のことは興味ない。なぜ幽霊になって、ここに留まり続けているか、その理由もどうでもいい。でもな、こうして関わった以上、協力はしないとダメだろ。だから、少し協力してるだけだ。それに前も言ったけど、自分のことは自力で思い出さないとダメだと俺は思う。そこにはきっと、他者にはわからない事情があるだろうから他者が干渉するのは良くないんだと俺は思ってるからな」 未練の方を見向きもしないで、淡々とそう話す桃青に未練は笑う。 あぁ、きっと僕はこの子に記憶を思い出すお手伝いをしてほしかったんだ。だから、あの日、たった一人で勉強をする君に声をかけた。 初めて僕を認識した君の顔は普段大人びている姿からは想像できないくらい間抜けな顔をしていた。それがとても可愛くて笑ってしまったのは、ここだけの話。 「そっか。一理あるね」 そう言い、未練は勉強を再開した桃青の前に座り、彼を見守る。やがて、彼の手が止まった。なんだろうと、彼の手元に覗き込むと、懐かしいものを見つけた。 「…作文?」 「あぁ、課題」 「なんか嫌そうな顔してるね」 桃青は唇を尖らせた。初めて見せた表情に未練は目を見開く。 「苦手なんだよ…」
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