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消え入りそうな声でそう呟いた桃青の顔は赤くなっていた。
「…何驚いてるんだよ」
「あ、いや、桃青くんにも苦手なものがあったんだなーって」
「なんだそりゃ。言っとくけどね、完璧な人間なんているわけないだろ」
「それもそうだね」
くすくすと笑う未練。恥ずかしくなった桃青は、作文を隠そうとする。しかし、未練の手によって阻まされた。
二人の間に気まずい空気が漂う。
「僕、多分だけど力になれるよ」
「は?」
「僕、作文得意なんだ」
赤いボールペンをヒラヒラさせながら、ニコッと未練は笑った。ニコッという音が聞こえたような気がした。
「お手伝いしようか?」
「ちっ」
「舌打ちしない」
桃青は渋々と自分の書いた作文を未練に渡す。彼は不機嫌そうに窓から外を眺めている。
「…なるほど。人との関わりをテーマにして書いてるんだね」
「まぁな」
「確かに人との関わりほどめんどくさいことはないよね笑他人に干渉しない君だからこそ、客観的に書かれてる。でも、もう少しここ工夫した方がいいと思うよ」
未練のしっかりとしたコメントに桃青は彼が、文系であり書くことに長けていたのではないかと推察した。
「じゃぁ、俺に作文の書き方を教えてくれるか?」
未練は大きく頷き、「僕でよければ」と笑った。
的の得たアドバイスをする未練。彼の口から紡がされる言葉はどれも美しいものだった。そこから、もしかしたら彼は小説家だったのかもしれない。
ふと図書室の噂を思い出す。
『ある決まった本を発行順に取り出して、最後の7冊になった時、その7冊目のラストページに載っている文を唱えると幽霊が出てくる』
この噂に桃青はある三つの疑問を抱いていた。まず、この噂は誰が流したのか。なぜ、7冊なのか。――そして、その本の筆者は誰なのか。
「なぁ」
「うん?」
桃青の作文を添削しながら返事をする未練。未練の綺麗な字がそこにはあった。
「ここの噂、知ってるか?」
未練の手が止まる。その反応からしてどうやら知っているらしい。初めて会った時は知らないような素振りを見せていたのに。やはり記憶を取り戻しつつあるらしい。
時刻はもう夜の18時。部活を終えた生徒たちが次から次へと帰っていく。
「…噂?」
「俺は信じてないんだけど、まぁ気になることがあって」
「何が気になるの?」
「うーん。この噂は決まった本を7冊借りると幽霊が現れるっていうやつなんだけど、なんで7冊なんだ?」
未練は何も言わない。
「そもそも誰がこの噂流したのか。ある人によると、噂が流れ出したのは3年前らしい。誰がなんのためにこの噂を流したのか」
カリカリと添削する音だけが響く。
「その本は誰が書いたものなのか」
桃青の凛々しい眼差しに見つめられ、未練は手を止めた。
「…本当は少し、自分のこと思い出してるんだろ?」
彼は何も言わない。
「まぁいいや。…俺の作文、めっちゃ真っ赤じゃん」
桃青はおかしそうに笑った。初めて見る年相応の笑顔に、未練は胸が苦しくなった。この子は僕のことを干渉してこないから、甘えていた。君は清廉だ。誰も汚すことのできない清廉な魂。そう言えば、君は「何言ってるんだ?気持ち悪いな」とドン引きするだろう。
「あまりにも酷いから厳しく添削させてもらったよ」
「作文は本当に苦手なんだよ」
「君は自分の思いを言葉にするのが苦手なだけだよ。きっと」
君に出会ってから、少しずつ記憶を取り戻しつつあった。僕が何者で、なぜ、ここに留まっているのか。
「言葉って難しいよな」
「そうだね」
「だからこそ、言葉を自由自在に操る小説家とかすごいと思うし尊敬している」
桃青の言葉に未練は泣きそうになった。もう話そう。この子とは秘密を作りたくない。
「あのね、僕ね」
「うん?」
桃青にじっと見つめられ、あることに気がつく。なぜ桃青に全てを見透かされているような気がするのは、きっと桃青の瞳の色が透き通るような青色をした瞳だからだろう。
「小説書いてたんだよ」
未練の口から秘密が溢れた。彼は生前、小説を書いていたという。しかもそれを業としていた。
「そうか」
「さっき、君が言ってた疑問、答えるね」
未練は深く息をして、ゆっくりと息を吐いた。
「僕は小説家だった」
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