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2.日記
『雪の人はいつも雪の中にいた。雪の中で私の名前を呼んでくれた』
母の遺品の中、ひっそりと埋もれるように残されていた日記には、見慣れた母の文字でとある人物のことが綴られていた。
母は、その人のことを、雪の人、と呼んでいるようだった。
『雪の人は不思議。精霊なのか妖怪なのか、天使か悪魔か。なにもわからない。ただ彼はとても綺麗だった。綺麗でとても優しかった』
雪の人が一体なんなんのか、母自身わかっていないらしい。ただ母がその『雪の人』をとても大切に思っていることだけはわかった。
『雪の人に会えるのは、雪がたくさん積もっていて、半月以上の月が出ている日。だから一年に限られた回数しか会えない。それが寂しい』
雪の人を想う母の言葉は続く。
『本当なら私はずっとずっと雪の人と一緒にいたい。どんなときも離れたくない。だって、父さんがいなくなった今、雪の人だけが私の名前を呼んでくれる唯一の人なんだから』
涙でよれたようなページに母の告白が浮かぶ。
『離れたくない。私は、雪の人が好き』
そして優奈は見つける。雪の人と出会うための方法を。
『雪の人に会うためには、積もった雪の上、月の光にチョコレートを捧げるだけ。願いながら。来てください。お願いしますって。そうすると……来てくれる』
お願い、私のところにも、来て。
叫ぶように祈ったとき、先ほどまでわずかに吹いていた冷風がすっと失せ、無風となった。きん、とした空気が直接頬を刺し、優奈は体をすくめ……続いて息を呑んだ。
優奈のすぐ前、月光を受け、佇む人がいた。
それは、夜の闇よりなお深い黒髪と黒いコートを羽織った、背の高い男性だった。
「雪の、人?」
問いかけた口が寒さで強張る。自分自身の唇を口の中に巻き込んで口内で温める優奈を、その人は髪と同色の真っ黒な目で見据えてから、整った唇をわずかに上げた。
「その呼び方は久しぶりだな。お前は都の娘?」
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