1

2/3
5人が本棚に入れています
本棚に追加
/7ページ
「実は、夜中に部室のロッカーから、男子生徒のうめき声が聞こえるって、噂を聞いてさ。確かめに来たんだよ」  僕が言うと、山田は目を瞬かせ、丸めた体をよじった。 「えっ! うめき声? 自分、そんな噂になっているんですか? それじゃまるで、怪談話じゃないですか」  顔の横にあるひざの間から左手を出し、彼は「恥ずかしいな」と、頭を掻いた。 「恥ずかしがってる場合じゃないぞ、山田。お前はなんで、こんなところに入ってるんだ?」  訊くと、山田は頭を掻いていた手を止め、落ちくぼんだ目を伏せた。 「実は、ロッカーに入ったら、出られなくなってしまって」  消え入りそうな声で言うと、彼は狭いロッカーの中で、さらに背中を丸めた。 「自分で? そういえばお前、体が柔らかくて関節が外せるんだっけ?」 「そうなんですよ。だから、こうして狭いところによく入るんですが、ロッカーは狭すぎたみたいで。たまたま扉が壊れていたのか、開かなくなってしまいまして」 「閉じ込められてしまいました」と言って、山田は足に挟まった左手をパタパタ振った。 「じゃあ、出してやるよ。そら、いくぞ」  僕は華奢な彼の腕を掴み、強く引っ張った。 「やめてください!」  山田は身をよじらせ、引っ張り出されそうになった腕を体に寄せる。ロッカーの奥で身を縮める姿は、まるで巣穴に逃げ込んだ獣のようだった。 「どうしたんだよ、山田。せっかく、出してやろうとしたのに」 「まだ自分は、ロッカーから出たらだめなんです」  山田は痩せた手で顔を覆った。 「彼らに怒られてしまう」  そう言った彼は、ロッカーが揺れるほど体を震わせた。
/7ページ

最初のコメントを投稿しよう!