星の輝く中で

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星の輝く中で

 翌日になって、二人は大阪へ向かい歩き始めた。房江は宿屋で借りた杖をつきながら、哲夫は常に房江に寄り添いながら歩いた。房江は痛々しく歩いたが、哲夫は励ましながら、時おりおんぶしたりして、大阪へ向かった。  一目につかないように川沿いを歩いて行った。房江は申し訳ない気持ちでいっぱいだった。お世話になった女将や親しくしていた芸者の事を想うとなんともいいようがない心境であったのだ。    二人は歩き続けた。西の山には日が落ちて紅の夕暮れ色に染まっていった。静かに小さな星たちが顔を出し始めた。しばらくすると満月ではなくとも、少し欠けた月が見え始め、さらに時が過ぎて満天の空が房江と哲夫の目の前に広がった。  房江は想いだした。幼い頃に父親と母親、兄妹で見た星を、みんなで見た流れ星がきれいだった頃を思い出したのだ。すると、その時、一筋の流れ星がながれた。房江は無事に到着できるように願いをかけようとしたが、願いをかける間もなく消えていった。それがわが身の運命のような気がしていて、どことなく、涙が溢れた。哲夫はそれに気づき声をかけた。 「房江さん、どうしましたか?」 「いえ‥‥…」 「もう、房江さん一人ではないのですよ。私と房江さんは一つになりました。伝えたくないのであれば別ですが、何かあれば私におっしゃってください」 「哲夫様が愛おしく思えるからです」 「それでは、どうして、涙されるのでしょうか?」 「流れ星を見て思ったのです。ひと時で終わってしまうような気がしたのです」 「星が一瞬で消えていくなら、なぜ、星空が今私達の目の前に広がっているのでしょう」 「私は哲夫様にとって、あの星でいられるのでしょうか?」 「どうして、そのような意地悪な事をいわれますか。それならばここに二人いるでしょうか。」 「哲夫様……」 「房江さん。もうこれ以上話す事はありません。そしてもうこれ以上離しません、誰が房江さんと私を引き離す事ができるでしょうか」 「でも、満月は欠けているではありませんか。私は哲夫様にとって欠けている存在なのではありませんか」 「そのようなことはありません。もしかけているのならば、それは私の罪であります。それならば私が欠けているところを補いましょう」 「哲夫様……」 「房江さん……」  哲夫は房江を優しく抱きしめて寒い冬の中を温めてあげたのだった。 二人にはこれ以上の言葉は必要としなかった。必要とするものは何もなかった。  
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