幸せを求めて

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 季節は流れ流れて、秋を迎えた。山には紅や黄色の色合いが美しくみられ、カラスの子供が母を追うように飛んでいき。「カア、カア」と泣き声をたてながら、飛んでいく姿はまるで幸子の姿を想像させた。  房江と哲夫の乳飲み子も、よちよちと、なんとか立つことができるようになった。房江と哲夫にはいつも笑みがあり、幸せとはこのようなものであるかと、感じる日々が続いたのだ。幸子の手はまるで、可愛らしい紅葉の葉のような大きさになり、房江の乳房をつかんでは放し、つかんでは放し、房江は優しく微笑んでいた。「キャ、キャ」という声や「パア、パア」という言葉も少しずつ出始めていたのだ。一瞬の時が永遠に続くよう願う房江と哲夫であった。  ある日、哲夫は久しぶりに山村から町までおりて、手毬を買いにいった。幸子は、その手毬でころころ転がしては笑い、転がしては笑顔が可愛らしく見られた。それを見て微笑む、房江と哲夫であった。幸せが手毬のように、ころころ転がってきたのである。  哲夫は手ぬぐいを首に巻き汗を流しながら必死に畑を耕し、房江は幸子をおんぶして、家事に精をだした。二人は幸子のためにも必死で働いた。 「哲夫様、夕ご飯の用意ができましたよ」 「ああ、今、畑作業が終わったから、行くよ」 「そういえば、お風呂も焚きあがっていますよ。私が体を洗って差し上げましょう」  房江は哲夫の体を丁寧に一生懸命流していた。哲夫もその日の疲れがとんでいくようであった。  食事といっても、ご飯に味噌汁くらいのものであった。たまに、哲夫が近くの小川でとってくる、鮎が香ばしく二人にとっての贅沢なものであった。 「キャ、キャ、とう、とう」 「危ない、幸子。駄目よそっちにいったら、土間に落ちるわよ。ほら、もう大丈夫よ」 「かあ、かあ」 「よし、よし」    幸子のたどたどしい、小さな声が家の中に響いた。房江と哲夫の家ともいえないような、お粗末な家ではあったが、小さな明るい灯火がいたるところに輝いていた。それは幸せという灯りであった。  さらに時は流れ、幸子も三つ子になった。季節は風鈴が、りんりんと、涼しくなく頃であった。空には天の川が広がった。房江と哲夫と幸子は夜空を見上げていた。近くには小川があり、蛍も舞っていた。房江と哲夫は幻想の世界に酔いしれ、幸子は笑顔で蛍を追い回していた。  幸子が大きくなるのを考えて、哲夫は少しずつではあったが、家を大きくしていった。慣れない手つきもある程度の技術が身についていったのだ。房江と哲夫も幸せを追い回していた。幸せが幻想ではなく、永遠に続く事を願ったのだった。  山村の高い位置に村があったので、細雪が時おりでであったが降るようになり、冬の厳しさを感じるようになった。房江は幼い頃に手があかぎれしていたので、幸子にはそのような思いをさせまいと、手編みで手袋を編み始めた。それは、小さな、小さな手袋であり、今の房江達の幸せをあたかも象徴しているようであった。毎日、家事に追われる中で少しずつ編んでいったのだ。毛糸のひと塊が無くなる頃には手袋は完成した。  さっそく、幸子の手に入れてみた。幸子は興味深そうに手を見ては喜び笑顔で輝いていた。房江は手袋があまりに可愛らしく温かそうであったので、自分の分と哲夫のものも編み始めた。時を忘れるかのように必死で編んだのだった。出来上がると三人で手袋をしては、互いに微笑みあった。どこまでも続きそうな幸せをかみしめたのだった。  なぜか、カラスの泣き声が悲しく聞えたのを房江は気になった。
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