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飢饉
大阪では数十年に一度ともいえる飢饉が襲った。夏の日照りは強く、長く続いた。作物も取れず、水も枯渇していた。あちこちで死人が出る始末であった。
房江が住む山村とて例外ではなかった。作物が育たない以上に水不足が深刻であったのだ。畑は痩せ果て、家畜もバタバタと倒れていった。近くの小川の水位もほとんどなく、枯れはてていた。
房江が心配であったのは幸子のことであった。当然ながら、幼く体力がなかったからだ。まず、自分の食物を優先的に幸子に譲った。それは哲夫も同様の事をした。
哲夫は特に体力があったので、我慢していたが、遂に哲夫も病にかかってしまった。高熱が何日も続いた。房江は必死に看病しながら、自らも空腹に苦しんだ。
「哲夫様、大丈夫でしょうか?」
「ああ、大丈夫だよ……それより、幸子は?」
「幸子は私の母乳を飲んで大丈夫です」
「そうか……それなら、頼みがあります」
「何でしょうか?」
「大阪の知り合いから、食料等をもらってきてくれませんか」
「わかりました、あの時の方ですね」
「そうです。ここに来る前に寄ったところの人ですよ」
「わかりました。どうか、しっかりしていてください」
房江は幸子をおんぶして、山を下り、大阪の哲夫の知り合いの家へ向かった。道のりは遠く、幸子をおんぶして歩くのは辛かった。それでも、哲夫の事を思い、頑張って歩いた。
数日してようやく、知り合いの家へ到着し、食料等をいただき、家へまた帰ったのである。途中で幸子が泣き止まず、辛くて、辛くて、房江も涙が溢れそうであったが、なんとか家までたどり着いた。
房江は安堵の気持ちでいっぱいであったが、待っていたのは、哲夫の看病であった。
「哲夫様、ただいま、帰りました。具合はいかがでしょうか?」
「ああ……房江さん」
「待っていてくださいね。すぐに食事の準備をしますから」
「ありがとう。それより、幸子に、幸子に……」
「大丈夫です。ご心配なさらないでください」
「ああ、ありがとう……」
哲夫は食事や水もろくにとっておらず、衰弱しきっていた。すぐさま、知り合いの家でもらった材料で食事と水を渡し、少しずつではあったが、なんとか回復してきたのである。
房江は強かった。空腹にたえながら、必死で哲夫の看病をしつつ、幸子に母乳を与えていた。
しかし、そんな二人に、さらなる悲劇が訪れたのだった。
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