飢饉

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 空が泣いた。月が泣いた。星が泣いた。水は泣く事すらできなかった。水がなかったのだ。いくらかの食料を知り合いから、貰ったものの、房江達には水がなくて、深刻な状況に陥った。雨が降らない。雨さえ降ればと房江と哲夫は願った。しかし全く降らなかったのだ。  房江の母乳も限界が近づいてきた。遂に出ることがなくなったのだ。幸子にはできるだけ、せめて、わずかながらの柔らかい食べ物を与えたがそれも限界であった。 儚い雲小さな灯火は消えそうになっていた。 「お母さん、お腹が空いたよ。お水……お水を頂戴」 「待ってね、幸子……」  房江は山林に住む住民に水をもらえないか懇願したものの、あるはずがなかった。 「どうか、お願いします。幸子に水をくださいませんか……」 「何を馬鹿な事を言っているんだ。うちも水一滴すらないんだよ」  周囲では死人が多く出始めた。幸子は限界が訪れていた。水がなかった。水が一滴もなかったのだ。 「お母さん……お水が欲しい……お母さん……」  それが、最後の言葉だった。房江は息をしていなかった。房江は頭が真っ白になって、信じられなかった。そして、山村を息のない幸子をおんぶして走った。走って駆け下りた。  しかし、町にも水があるはずがなかった。診療所にたどり着くも、医者は悲し気に告げた。 「残念ながら……もう……」  房江は信じる事ができなかった。 「先生。嘘でしょ。ほら、幸子の体はまだ温かいです。幸子はまだ生きていますよね」 「申し訳ありませんが……」  医者は悲しくも首を振った。 「いやああ、幸子、幸子……いやあ……」  房江の叫び声は山村まで聞こえるのではと思えるほどの悲しい響きであった。  悲しくも、翌日は雨が降ったのだった。悲しみはとどまる事を知らなかった。皮肉にも雨が降ったのだった。  房江と哲夫は家の近くに小さな幸子の墓を作り、毎日のように墓にいっては幸子の事を偲んだ。  房江と哲夫からは笑みが消えたのだった。かけがえのない小さな灯りが消えた瞬間であったのだった。房江と哲夫はまるで抜け殻のようであった。
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