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悲しき満月の夜
哲夫の婚約相手である、藩士の娘は美津子という名前である。
美しかったが勝気な性格であった。哲夫は何度かお見合いをしたのだが、どうしても受け入れられなかった。話をしても一方的に美津子の方から喋るばかりで、哲夫の話には耳を傾けることはなかったのだ。繊細さに欠けているように哲夫は思えたのだった。
それ以上に心は房江の元にあったのだ。しかし、それはあまりに許されるものではなく、房江は遠い存在であったのだ。そして、苦しんでいた。想いは純粋なはずなのに、不条理な運命に苦しんでいた。
悩み苦しむ哲夫は、母親である女将に自らの心を訴えた。
「お母さま、どうしても、あのお方と結ばれないといけないのでしょうか?」
「それは、あなたにとって幸せなことであるのです」
「なぜでしょうか?私には……」
「あら、あなた、誰か気になっている女でもいるの?」
「いえ……」
「それなら、迷う事はないわ。あなたと娘さまとの婚姻が我が置屋を豊にしてくれます。それはわかっていることでしょう」
「それでは、私には好きになる人ができたとしても、自由に婚姻は出来ないのではないでしょうか?」
「それは、あなたは、この置屋の跡取り息子なので仕方ありません」
「わかりました。お母さま……」
「それでよいのです。哲夫」
「はい……」
哲夫はその夜は部屋から見える月に自らの悲しさを投影していた。すると房江の優しい笑みが浮かんだのだった。只々、房江に会いたくて、いてもたってもいられなかった。しかし、運命とは悲しいもので、儚くも事は進んでいくのであった。
果たして、房江と哲夫は出会える時が来るのであろうか。
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