悲しき満月の夜

1/1
10人が本棚に入れています
本棚に追加
/19ページ

悲しき満月の夜

 哲夫の婚約相手である、藩士の娘は美津子という名前である。  美しかったが勝気な性格であった。哲夫は何度かお見合いをしたのだが、どうしても受け入れられなかった。話をしても一方的に美津子の方から喋るばかりで、哲夫の話には耳を傾けることはなかったのだ。繊細さに欠けているように哲夫は思えたのだった。  それ以上に心は房江の元にあったのだ。しかし、それはあまりに許されるものではなく、房江は遠い存在であったのだ。そして、苦しんでいた。想いは純粋なはずなのに、不条理な運命に苦しんでいた。  悩み苦しむ哲夫は、母親である女将に自らの心を訴えた。 「お母さま、どうしても、あのお方と結ばれないといけないのでしょうか?」 「それは、あなたにとって幸せなことであるのです」 「なぜでしょうか?私には……」 「あら、あなた、誰か気になっている女でもいるの?」 「いえ……」 「それなら、迷う事はないわ。あなたと娘さまとの婚姻が我が置屋を豊にしてくれます。それはわかっていることでしょう」 「それでは、私には好きになる人ができたとしても、自由に婚姻は出来ないのではないでしょうか?」 「それは、あなたは、この置屋の跡取り息子なので仕方ありません」 「わかりました。お母さま……」 「それでよいのです。哲夫」 「はい……」  哲夫はその夜は部屋から見える月に自らの悲しさを投影していた。すると房江の優しい笑みが浮かんだのだった。只々、房江に会いたくて、いてもたってもいられなかった。しかし、運命とは悲しいもので、儚くも事は進んでいくのであった。  果たして、房江と哲夫は出会える時が来るのであろうか。
/19ページ

最初のコメントを投稿しよう!