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月の輝く中で
いつも通り、房江は芸者達の心無い行為に胸を痛めながらも、部屋から見える月を眺めては、ため息をついていた。そして、月に触れようとするために外にでて、今まで美しく房江の目に留まっていた赤い橋へと向かった。
澄み渡る夜空に美しく満月が輝いていた。それは房江の心をとらえてならなかったのである。房江は満月を見入っていた。しかし、悲しみもあった。
月を見て美しく悲しく思っていたのは、房江だけではなかった、本意でない婚約を強制されていた哲夫にも、満月は美しくも悲しく耀いていた。哲夫も風に誘われるように外に出たのだった。
満月の夜は二人を優しくし幻想的に輝いていた。赤い橋から月を見上げる房江を目のあたりにして、哲夫はいてもたってもいられなかった。自らの心を抑えきれずに、房江の元へ向かった。
カタカタと橋を歩く音に房江は気づき、目線を置屋に向けるとそこには愛しい哲夫がいたのだ。まぎれもなく、哲夫であったのだ。哲夫も同じく房江の事を愛しく感じていたので、哲夫の気持ちは抑えきれず、房江に話しかけた。
「どうしたのですか?このような遅い時間に、ここにいらっしゃるのは何故でしょうか?」
房江は悲しみが恥ずかし気な気持ちに変わった。そして、声を震わせながら哲夫に答えた。
「月が美しく、風が心地よかったものですから、つい、橋の上まで来たのです」
「申し訳ありません。私はあなたが月を見ているのを邪魔しに来たのですね」
「いえ、もったいないお言葉でございます。このような私にお声をかけてくれるだけでも、私は……」
「どうしたのでしょうか?私が何かいけない事でも言いましたでしょうか?」
「いえ、恥ずかしいのです。このような私にお声をかけてくださるだけでも、もったいなく思うのです」
「私は生まれて初めて満月の月より、美しく輝くものを見てしまいました。」
「それは何でございますでしょうか?」
「あなたの瞳に、これ以上もなく美しく満月が映し出されているからです」
「私は恥ずかしいです……」
思わず、哲夫の口から自らの想いが現れたのであった。房江の頬が薄紅色に輝き、照らす月の輝く模様が恥ずかし気に、哲夫の心に写ったのである。そして、置屋の方へ走って帰ったのである。
「待ってください。房江さん」
房江の耳に届いてはいたが、恥ずかしさのあまり、何も言えず振り向くことはできなかった。
哲夫との初めての出会いであった。それは儚くとも美しかった。哲夫と房江の心に満月の美しい輝きが映し出され、それは恥ずかしさと嬉しさが混在していたのである。
赤い橋の下の川に満月が写しだされ、ゆらゆらと静かにせせらぎの音をたてていた。哲夫の心もゆらゆらと揺れていた。
哲夫と房江は再び会えるのであろうか。そして、愛を奏でる時がくるのであろうか。
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