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房江も哲夫も晴れた日は、毎日のように窓から月を眺める日が続いた。二人とも満月の夜が愛しくて、それは恥ずかしさを通り過ぎて、また会えるのではないかという期待感に変わっていった。
満月が来るのは思ったより早く訪れた。満月は月に一度だけ輝いた。それは二人の気持ちが呼び寄せたのかもしれない。房江は恥ずかしかったが哲夫がもしかして、現れるのではないかと、密かに期待を寄せて、赤い橋へ向かった。
それは哲夫とて同じ気持ちで、二人は満月と優しい風に呼び寄せられたのである。一瞬の出来事が永遠に変わったようでもあり、哲夫は赤い橋の上で思わず房江を抱きしめたのである。それにためらう房江は心を抑えきることが出来ず、思わずに恥ずかし気な声を出した。
「哲夫様、いけません……」
「いえ、私の腕はあなたを抱き寄せるためにあったのです」
「どうか、その腕を元に戻していただけないでしょうか……」
「それは、あなたの本当の気持ちでしょうか?それとも、私の事が嫌なのでありますでしょうか」
「いえ、恥ずかしいのです。私は今まで男の人に、このような事をされたことがないので、つい、失礼な事を申し上げてしまって。申し訳ありません」
「それは満月の輝きが許してくれるでしょう。あなたの優しい温もりが必ず許してくれるからです」
哲夫は思わず房江の頬に自らの頬を近づけて、二人の距離は一瞬にして失ったのである。それは失ったというより、あるべき姿を満月は捉えていたのであった。時は永遠に続くかのように思えた。
「いけません、このような事を……」
「申し訳ありません、私の心があなたの輝く瞳に吸い込まれてしまったのです」
時は美しくも儚かった。外は細雪が幻想的に舞っていた。
「房江さん、また、満月の夜にこの赤い橋でお待ちしております。必ず来ていただけないでしょうか」
「そのような事が許されるのでしょうか」
「それは、あなたの心次第です。私の事が嫌であれば許されません。私の事が嫌なのでしょうか」
「満月の光が答えを出してくれております。もうこれ以上私に恥ずかしい事を言わせないでいただけないでしょうか」
そして、再び、房江は置屋に走って帰っていくのであった。薄紅色の頬を恥ずかし気に映し出しながらでの事であった。
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